とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
時計の短針がぴたりと9に重なると同時に、玄関の開く気配がした。
いつもこの瞬間は悩む。

玄関まで出迎えにいくべきなのか、涼しい顔をして邑木さんがリビングの扉を開くのを待つべきなのか、かける言葉は「おかえりなさい」がいいのか。

わたしはわずかなあいだ考え、なにも聞こえなかった振りをしてガスコンロの火を止めた。
結局いつもこうなる。

おかえりなさい、なんて出迎えにはいけない。
そういうことは玲子さんのすることだ。

それにしても足音が二人分あるような気がするのは気のせいだろうか。

まさか邑木さんじゃ、ない?

瞬時に浮かぶ最悪な想像。
いつもより勢いよく開かれたリビングの扉に、背中も心臓もひゅっと縮み上がる。


「うわ。片付いてるなあ。俺んちなんて、いつもぐちゃぐちゃだ」


泥棒にしてはずいぶんと小綺麗なスーツを着た男は、背後に邑木さんを従えてずかずかと我が物顔で入り込んできた。

いったい、誰。
< 155 / 187 >

この作品をシェア

pagetop