とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
怯むわたしに近寄った男が、にいと笑う。
アリスに出てくるチェシャ猫のそれとよく似た笑顔。

「あは。すごい美人だ」

うっすらと、胃に不快感を覚える。

やったね兄さんと言いながら、男は邑木さんの方へ向き直った。
この(ひと)に弟なんていたのか。

邑木さんとわたしが、いかにそういった会話をしていないかを思い知った。

「兄さん、トイレどこ。ずっと我慢してたから、そろそろやばい。
玄関入ってすぐのとこで合ってる?」

まるで小学生のような口ぶりで言った弟は、そのまま軽い足取りでリビングを出ていった。
残された邑木さんがきまり悪そうに眉を寄せる。

「ごめん。スマホに何度か連絡したんだけど、繋がらなくて」

「あ、マナーモードにしてました」

「ああ、だからか」

「あの……どういう、ことなんですか」

さっきの様子からすると、弟はわたしがここにいることを知っているように見えた。
いったいどこまで邑木さんとわたしの関係を知っているのだろう。

それに、どうしてここへ?

邑木さんがここへ人を招くことは一度もなかった。
< 156 / 187 >

この作品をシェア

pagetop