とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
 彼を気に入っている母は饒舌になり、しゃべらなくていいことまで延々としゃべる。それも、一段と大きな声で。

 いつから母はこうなっただろう。年をとったということなのか、それともわたしがこれまで気づかなかっただけなのか。息を吹きかければ散ってしまう(ちり)のようにかすかな違和感は日々積み重なり、いまではどっしりとその居場所を構えている。

 由紀ー、と呼びかける母の声が階下から聞こえて、わたしは瞼をおろした。

 うたた寝してしまったことにして、石井さんが帰るのを待とう。

 そう考えてみたものの、一分もせずに気が変わった。挨拶しないのは義理の姉としてよくないだろう。むくりと起き上がり、バッグのなかを探る。

『不安時に』と印字された薬袋に、眉が寄った。

 不安なんてしょっちゅうで、不安こそが通常運行だ。意識を向けないようにしているだけで、不安になんていつだってなれる。

 わたしは薬袋からシートを取り出し、一瞥してから親指でプチっと薬を押し出した。いつのものだかわからないペットボトルの水で、白くちいさな丸い粒を喉の奥に流し込む。

 こんなにちいさいと、なんだか頼りない。この一粒にどれだけの効果があるのだろう。

 階段を下りながら、石井さんの地元の名物とはなんだろう、とどうでもいいことを考えた。リビングに近づくにつれ、母の甲高い声がますます大きくなる。不思議と嫌な予感がした。

 リビングのドアノブにのばしかけた手を止め、扉のガラス窓から姿が見えないように躰を引っ込めた。こういう勘は当たる。
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