とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「いらっしゃい、由紀ちゃん」

「Tシャツ、着るんですね」

「え?」

「Tシャツ着るの、意外で」

「君は俺をなんだと思ってるの。さ、上がって」

邑木さんはわたしの肩からボストンバッグをするりと外し、軽々と運んだ。
肩に触れた手は大きくて、少しだけ身構えた。


まだ外は夕暮れ前だけれど、いつそうなるかなんてわからない。

わたしはこの(ひと)という人間を知らない。


「今日はやけに陽射しが強いな。アイスコーヒーでいい? それともホットの方がいいかな」

「アイスで」

「ミルクと砂糖は?」

「いりません」

同じ。俺もブラック派、と言って邑木さんはアイスコーヒーを差し出した。
大理石のテーブルがひやりとつめたい。
大理石は石材の中では比較やわらかいと聞くけれど、このグラスを思い切り叩きつけたらどうなるだろう。

自分で望んでここへ来たというのに、軽い苛立ちのような、不安のような、仄暗さが胸に広がる。
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