とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
確かに硬かったけれども。

邑木さんの行動力に驚きつつ、よくわからない人だな、と思う。
マットレスなんて、そんな簡単にほいほい換えるものじゃないだろう。

「もったいない」

「いいんだよ。一緒に寝る人の好みに合わせたいから」

「……自分ってものがないんですか」

歯が浮いてしまいそうな台詞(セリフ)に、つい憎まれ口をきいてしまった。
これからここに置いてもらうのに、さすがに失礼だったかもしれない。
グラスを伝う水滴が、コースターに丸い染みをつくる。

「君の好みに合わせたいって思うのが、俺にとっては自分だよ」

嘘ばっかり。

だけどここは恋人ごっこをする場所。
婚約者のいる邑木さんが、婚約者を忘れて(たの)しくする場所。

0.01mmの隔たりのマナーさえきちんと守ってもらえるのなら、これくらいのことは受け流すべきだろう。

これくらい、たいしたことじゃない。
もっと耐えられないようなことに、わたしは耐えてきた。

「ありがとうございます。わざわざ換えてくれて。
でも、これからはこういうことは本当にしないでください」

わかった、と邑木さんは言い、わかってなさそうだな、とわたしは思った。
この(ひと)は人に尽くしている自分に酔うタイプなのかもしれない。
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