とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
もうすぐ帰宅ラッシュ。
少し前まではわたしも満員電車で必死に脚を踏ん張り、口臭やら、誰かが持ち込んだフライドポテトやら、むせ返るような香水の香りやらに耐えていた。
もう、いまでは遠い過去だ。
瞼を閉じて、タタン、タタンと電車の刻む音に耳を澄ます。
この音は嫌いじゃなかった。
一日中騒いでいた心臓を、少しだけ落ち着かせてくれた。
「あれ、佐倉さん? ねえ、佐倉さんでしょ?」
久しぶりに呼ばれた名前。
声のする方を、振り返らなければよかったのに、わたしは振り返ってしまった。
すぐさま後悔が押し寄せる。
「やっぱり佐倉さんだ。背、高いからやっぱり目立つね。久しぶり。
あ、あたしのこと覚えてる? 同期の松井由香利。
店舗違ったから、新人研修くらいでしか会ってないけど」
頭一個分ほど下から聞こえてくる、高い声。
キャンキャン吠えるチワワのような姿に、どう対応したらいいのか困惑する。
松井由香利は知ってるだろうか、知らないだろうか。
わたしが会社を辞めたことを。
その満面の笑みからはどちらなのか読み取れず、覚えてる。久しぶり、と曖昧に笑って返した。
少し前まではわたしも満員電車で必死に脚を踏ん張り、口臭やら、誰かが持ち込んだフライドポテトやら、むせ返るような香水の香りやらに耐えていた。
もう、いまでは遠い過去だ。
瞼を閉じて、タタン、タタンと電車の刻む音に耳を澄ます。
この音は嫌いじゃなかった。
一日中騒いでいた心臓を、少しだけ落ち着かせてくれた。
「あれ、佐倉さん? ねえ、佐倉さんでしょ?」
久しぶりに呼ばれた名前。
声のする方を、振り返らなければよかったのに、わたしは振り返ってしまった。
すぐさま後悔が押し寄せる。
「やっぱり佐倉さんだ。背、高いからやっぱり目立つね。久しぶり。
あ、あたしのこと覚えてる? 同期の松井由香利。
店舗違ったから、新人研修くらいでしか会ってないけど」
頭一個分ほど下から聞こえてくる、高い声。
キャンキャン吠えるチワワのような姿に、どう対応したらいいのか困惑する。
松井由香利は知ってるだろうか、知らないだろうか。
わたしが会社を辞めたことを。
その満面の笑みからはどちらなのか読み取れず、覚えてる。久しぶり、と曖昧に笑って返した。