とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
ひどくなったら、隙を見て薬をのめばいい。
もし邑木さんに薬をのんでいるところを見られてなにか訊かれたら、風邪気味だと言えばいい。

それでなにも問題はないはず。

わたしはベンチから立ち上がり、待ち合わせ場所まで向かった。
アンクルストラップのハイヒールにしてよかった。
足首が安定しているだけでも、それは確かな救いだった。



改札を出て空を仰ぐと、橙と群青が混ざりはじめていた。
邑木さんの姿は見当たらない。
呼び出しておいて遅刻か、と心の中で毒づく。

「あの、失礼ですけど佐倉由紀さんでしょうか」

ああ、また声をかけられた。
松井由香利の次は誰だ。
うんざりしながら振り返ると、そこには知らない女の人がいた。

わかることは彼女がとても美しいということ。

それだけだった。

「そう、ですけど……」

あなたは誰でしょうか。なんの用でしょうか。

疑問は浮かんでいるけれど、見惚れてしまって訊くことを忘れる。
纏っている空気の明度も純度も高い。

武藤(むとう)玲子(れいこ)といいます。邑木が世話になっています」

美人はわたしに深くお辞儀した。
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