とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
玲子さんは駅前の百貨店に向かって歩きながら、邑木さんからわたしの服を選ぶように頼まれたこと、予約してある寿司屋まではタクシーを抑えてあるから、時間になったら指定された場所でタクシーに乗ればいい、ということを説明した。

わたしは阿呆のように、はい、はい、と何度も頷いた。
頭の中はパンク寸前だった。


本当に、不倫は公認なんですか。

そもそも、わたしが公認不倫の相手だって知ってますか。


訊けるわけのないことを、さっきまでとは違う種類の汗をかきながら考える。

「佐倉さん。私、すべて知った上で、承知の上でここに来ています」

言葉に詰まった。
止まりかけた脚を、玲子さんの歩幅に合わせて機械的に前に進めることしか出来ない。

「だから、もし佐倉さんがそういうことを気にしているのなら、気にしないでくださいね。
邑木と私の間で決めたことで、お互いに納得していることですから」

「……はい」

本当に気にしていないような、(いさぎよ)い口ぶりだった。
それでもわたしは恥ずかしいような、いたたまれないような、そんな気持ちになった。

この(ひと)には、わたしは金持ちにたかる薄汚い小娘に見えているだろうか。
それともわたしが知らないだけで、玲子さんにも邑木さんにとってのわたしのような相手がいて、そちらはそちらでどうぞ、とでも考えているのだろうか。

なめらかな曲線で整った横顔をちらりと見ても、その心の内までは見えなかった。
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