とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
さすがにお寿司屋さんでは訊けず、ずっと我慢していた。
いや、お寿司があまりにもおいしくて、怒りを忘れつつあった、というのが正しいのかもしれない。
おいしいものの前では、怒ることは難しい。

「君が服がないし、わからないって言うから」

「そういう意味で言ったんじゃないですよ。だいたい普通、婚約者に頼みませんよ」

「彼女がなにか言ってた?」

「いえ、そういうわけじゃ」

「それなら問題はないだろう」

「それは……そう、ですけど」

わたしは俯いた。

あんなに素敵な婚約者がいる(ひと)に、人生でもう行く機会はないようなお寿司屋さんでご馳走になって、車に乗ってマンションまで送ってもらって。
百貨店での買い物だって、あとで邑木に請求するので、と玲子さんがすべてスマートに支払った。


動揺と緊張で、わたしは冷静さを失っていたかもしれない。

まるでわたしは金持ちに飼われた珍獣だ。
毛色の珍しさで愛でられる、一時的な愛玩動物。


おいしいお寿司と少しの日本酒でふわふわしていた足元が、だんだんと冷静になる。
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