とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「お寿司、いくらだったんですか。払います」

「女の子が男に訊くことじゃないな」

「そういうフェミニスト気取りやめてください」

「寿司、好きじゃなかった?」

「好き、ですけど」

ふと、ひーくんに、ボーナスが入ったら回らないお寿司に連れていって、とねだったことを思い出した。

カウンターの向こう側では康くんと波多野さんが笑っていて、ひーくんは、「いったん今日のところは持ち帰らせていただきまして、検討の上ご回答させていただきます」と神妙な顔をつくった。

結局、ボーナスが入る前に別れてしまったけれど。

わたしはさらに深く俯いた。
ぐちゃぐちゃになっていく顔を、ほんの少しでも邑木さんに視界に入れたくはなかった。

「由紀ちゃん、そんな体勢だと酔っちゃうし危ないよ」

「邑木さんは前だけ見て運転してください」

確かにそうだな、と車が止まったタイミングで頭を撫でられた。
今日も猫を撫でるように撫でるその手に、噛みついてやりたくなる。

だけど、そんなことをして事故でも起きて、邑木さんと一緒に死んだりはしたくない。
一緒に夜のニュースに名前を並べられたくはない。

ぐっと堪えた。
< 68 / 187 >

この作品をシェア

pagetop