とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「はい、お味噌汁。インスタントでごめんね」

「いえ、全然。ありがとうございます」

波多野さんは森のくまさんの笑顔をわたしに向け、キッチンで玉子焼きをつくる康くんは頬を膨らませた。

「しんちゃん、由紀にあんまり構わないでいいよ。
こんな家出小娘、インスタントでじゅうぶん」

「康くん、そういうこと言わないの」

「だってさあ」

昨夜、急にバーにやってきて泊めて欲しいと言ったわたしに、康くんは憤慨していた。

明日は休みだから久しぶりにしんちゃんとイチャイチャしようと思ったのに、なんでお前は今日来るかね。
来るなら昨日か明日来い、と少し無理のあることを言い、ほぼ牛乳のカルーアミルクを家出小娘に恵んでくれた。

バーから歩いて十五分ほどのところにある、康くんと波多野さんの愛の巣。
家出小娘は一晩泊めてもらい、ぶー垂れる康くんとは対照的に、波多野さんはずっとにこにこしてくれた。



――この家に人が来るのは珍しいから、うれしいよ。
由紀ちゃんは僕にとっても妹みたいなものだから、いつでも来ていいからね。
あ、康くんのことは気にすることないよ。
ああは言ってるけど、本当は由紀ちゃんに頼られてうれしがってるんだから。
素直じゃないよねえ。



波多野さんは康くんのこれまでの男運のなさをひっくり返すような穏やかな笑顔で言ってくれた。
見た目はアラフィフには見えないけれど、こういう気遣いや言葉選びのうまさには大人だな、と感じる。
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