好きになっちゃ、だめでしたか?
 記憶を猛スピードで遡る。

 幼い頃、男の子、蒼とはよく遊んでいたけれど、もしかしてそのときに一緒に遊んでいた子?

 でも、はっきりと顔は覚えていないし、名前だって多分知らない。

「えっと、その……」

「やっぱり、覚えてないよね。でも、気持ちだけは伝えたくて。すぐじゃなくても、返事をくれないかな。初恋の人に会えて、嬉しくて、ごめん、本当。上野さんの気持ちも考えずに。でも、考えて欲しい」

 そう言ってわたしのことを見つめる神山君の目を、逸らすことができなかった。

 わたしは本当に、神山君の言う『留衣ちゃん』なのだろうか。

 全然覚えていない。

「じゃあ、戻ろうか」

「あ、えっと。うん、そうだね」

 行きと同じように、神山君の背中を見つめながら歩く。

 こんなにかっこいい人がわたしのことを好き?
 
 いやいや、そんなことあるわけない。

 って思うのに、高揚した気持ちはなかなか治まってくれない。

 もし、こんなにかっこいい人がわたしの彼氏になってくれるなら……。

 幼い頃の記憶がなくたっていいんじゃないかなって思ってしまう。

 教室に着くと神山君は「じゃあ」と言って席に座った。

「留衣ー。どこ行ってたの?」

「あ、ごめん」

「なんか顔赤い?」

「え、いや、そんなことないって」

 絶対に赤いって分かっているけれど、ばれないように嘘を吐いた。小さな嘘だった。
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