双子を極秘出産したら、エリート外科医の容赦ない溺愛に包まれました

葵の闘い

土曜日の昼下がり、葵は以前勤めていた白河病院のエントランスにいた。

悩んだ末に、子供たちを母に預けて大介の呼び出しに応じたのである。
 
久しぶりに訪れた以前の職場は葵の記憶となにも変わっていなかった。

白いスタイリッシュなデザインの建物が整然と並んでいる様子に、葵は複雑な気持ちになる。
 
看護学校を卒業した時、ここでずっと働き、病に苦しむ人たちの役に立ちたいと決意していた。

それなのに突然去らなくてはならなくなったのだ。
 
感傷的な気持ちになるのは仕方がない。
 
けれど、ぼーっとしているわけにもいかなかった。うかうかしていたら、知り合いに会ってしまう。
 
早足に総合受付へ向かい用件を告げると、最上階の理事長室へ行くように言われる。大介はそこで待っているという話だった。
 
葵はひとりエレベーターに乗り込んだ。理事長室も、あの日以来だ。
 
最上階は白河病院の理事たちの個室や、大会議室が並ぶ階でほかのエリアとは大きく雰囲気が異なっている。

えんじ色のカーペットが敷き詰められた廊下を進み、黒い重厚な扉の前でまで来たところで立ち止まり、深呼吸をひとつした。
 
前回ここへ来た時は、なにが起こるかわからなくて怖くてたまらなかった。
 
——でも今は大丈夫。
 
子供たちと、晃介の笑顔を思い浮かべ、胸元で拳をギュッと握り締める。そのままコンコンとノックした。

「はい」という言葉に「谷本です」と答えると、静かにドアが開く。
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