双子を極秘出産したら、エリート外科医の容赦ない溺愛に包まれました
「サインすれば、君は一生贅沢な暮らしができるんだ。働く必要もない。いったいなにが不満なんだ?」
 
心底不思議だというような山里の言葉にも答えなかった。

「谷本君!」
 
隣で大介が、焦ったように口を開いた。
「サインをしなければ、贅沢どころか働く場所もなくなるんだぞ。山里政務官は君の勤務先にも顔が効く。晃介の立場だって同じだ。失職すれば、晃介は君たちを養うこともできなくなる」
 
低い声で叱るように言う。
 
それに山里が反応した。
「いやいや、白河先生。私は晃介君には手出しはしませんよ。彼は日本の医療界の宝だ。たかが看護師の彼女とは違う。たった一度の失敗で彼がメスを持てなくなるなどあり得ないですからね」
 
鷹揚に言って、にっこりとする。だがその目はまったく笑っていなかった。

「谷本さん、君が晃介君にこだわる気持ちはよくわかる。彼のような優秀な男が、君みたいなただの看護師と関係を持つなど、滅多にあることじゃないからね。彼を信じたいのだろう。だが、男には必ず本音と建前があってね。君は晃介君の本音の部分にまだ辿り着いていない」

葵に向かって気持ち悪いほど優しい声で、諭すように話し続ける。

「見合いの件を君がなにも聞いていないのがその証拠じゃないかね? あの日晃介君は、娘を料亭の庭へ連れていって長い間話をしていたよ。娘が言うには、終始にこやかで見合いについて否定的な言葉はひと言もなかったそうだ」
 
その山里の言葉を聞くうちに、なんだか葵は心が気持ちの悪い色に染められていくような心地になる。
 
よくない考えが頭に浮んだ。
 
——確かにそうだ。どうして晃介は、お見合いなんかしたんだろう?
 
美雪が得意気に口を挟む。
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