さくら
「あれは桜の木の下に埋めたよ」

 (そう)が言った。

「埋めたって、なんで!?」
「もう僕には必要ないから」

 軽く言って、彼は微笑む。
 その笑みは、綺麗だけれど空虚で、まるで『微笑み』というプログラムに従っているだけのアンドロイドみたいだった。

(本当に捨ててきちゃったんだ……)

 私はショックを受けて、(そう)の整った顔を見つめた。

「桜の木って、どこの?」
「覚えてない。桜並木のどこか」
「用水路沿いの?」
「うん、そう」

 見渡すかぎりつづく桜並木のどこかなんて……。
 想像して絶望感に打ちのめされる。

「……そんなの見つかるはずないじゃない!」

 思わず洩らした言葉に、(そう)は悲しいことを言う。

「見つからなくていいよ。あれが土の中で朽ち果てて、虫にでも食べられ分解されたらいい。跡形もなくなって、桜の養分にでもなって、綺麗な花を咲かせたらいい」
「ダメよ!」

 空っぽの表情で淡々とつぶやく爽に、私はイヤイヤと首を振る。

(爽が責任を感じる必要はない! 感情をなくしてしまう必要はない!)

 そんなことは許せなくて、私は外へ飛び出した。
 桜並木へと全力で走った。


      ──*──


 爽は同級生。そして、お姉ちゃんの彼氏だった。
 お姉ちゃんは我儘な人で、浮気症で、大人しい爽のことを振り回した。

「爽のいいところは顔が綺麗なことだけよね」

 そんなことを言って、にぃっと赤い唇を歪めるお姉ちゃんは艶やかな美人だった。
 私の気持ちを知っていて、わざと言っているのだった。
 大学で私が爽と一緒にいるところを見たお姉ちゃんは、一目惚れだと言って爽に猛烈アタックして、付き合うことになったくせに、爽を全然大事にしなかった。
 終電がなくなったと夜中に突然呼び出したり、高価なアクセサリーをねだって、爽が必死にバイトして買っても飽きちゃったと使わなかったり、爽の目の前で男友達といちゃついたり。いったいなんのために爽と付き合ってるのか、わからなかった。
 傷つく爽の顔を何度見たことだろう。何度なぐさめただろう。
 お姉ちゃんは私がなにを言っても聞かなかった。

「あなたが奪ってもいいのよ?」

 できるもんならね、と鼻で笑われた。
 私への嫌がらせのために付き合ってるのかと思ったこともあった。お姉ちゃんは昔からそういうところがある。
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