さくら
 でも、最初はそうだったかもしれないけど、爽の綺麗な心にふれて、本当に好きになっちゃったんだと思う。
 疲れ果てた爽が別れようと言うたびに、「別れたら死ぬ」と号泣してすがり、爽が撤回するまで泣きやまなかった。
 それなら、もっと爽のことを大切にすればよかったのに。私なら絶対……。

「もう僕は茜さんのことを好きなのか嫌いなのかさえわからなくなったよ」

 疲れた顔でつぶやく爽を切ない気持ちでなぐさめていた。あのときも……。


      ──*──


 桜並木に着いて、呆然とする。その数え切れない本数に。
 
(でも、ここから見つけださないといけない! 爽に戻さなくちゃ!)

 私は跪いて、カリカリと土を掘りはじめた。
 冬の冷たく固まった土は素手ではなかなか掘れない。すぐ爪に土が入って割れた。でも、痛みは感じない。
 どれくらい掘っていただろう。
 それらしきものは発見できず、私は手を止めた。

(むやみやたらに掘ってもダメかも。爽が埋めた跡とかないかしら?)

 今さらなことに気づいて、私は桜並木を歩いてみることにした。
 目を凝らして掘り返したような跡はないか、歩き回る。
 二周したけど、なにも見つからなかった。
 先ほどの爽の言葉が頭に残っていて焦る。

(分解されちゃったら、どうしよう?)

 居ても立っても居られず、私はまた桜の木の下を掘りはじめた。



 今日もまた私は掘っていた。

「最近、この辺りが掘り返されてるのよね~」
「なんだろう? モグラでもいるのかな?」

 ウォーキングをしている中年夫婦が通りすがりに話しているのが聞こえた。

(モグラじゃないわ。私よ。モグラだったら、あっという間に掘りすすんで、爽のものを見つけられるのに……)

 今すぐ生まれ変われるならモグラになりたいと思いながら、地道に地面を掘りつづける。

「なにしてるのさ」

 声をかけられて見あげると、青い空をバックに陰った爽の顔が見えた。
 コートのポケットに手を突っ込んで、寒そうにしている。

「桜の木の下が掘り返されてるって話を聞いて、まさかと思ったら……」

 寒がりの爽がわざわざ確かめに来てくれたみたいだ。
 表情のない綺麗な顔で言う。

「もうやめなよ。意味ないよ」
「意味はあるわ」
「見つからないよ」
「絶対に見つける」

 私の言葉にふいっと空を見あげて、爽はまたつぶやいた。
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