さくら
「意味ないよ、もう」

 爽はしゃがんで私の手を止めようとした。でも、止められなくて、ぐっとこぶしを握る。
 そんなしぐさをする彼の目はやっぱり空虚なままだ。

「もうやめてくれよ」

 キスできそうなほど近くで顔を見合わせる。
 切ない思いでかぶりを振った。
 彼を置いて、隣の木へ移る。
 そこを掘りはじめた私に爽はついてきて、またしゃがみこんだ。

「どうして……?」
「見つけたいから」
「僕はもういらない」
「じゃあ、見つけたら、私にちょうだい」

 そう言うと、爽は事もなげに言った。

「いいよ」
「……ありがとう」

 欲しくて欲しくてたまらなかったものがこんな形で手に入ると思うとやるせないけれど、掘り返す手に力がこもった。


      ──*──


 あの日、爽は決死の覚悟でお姉ちゃんに別れを告げた。
 お姉ちゃんがラブホテルから男と出てきたところに居合わせて、さすがの爽も堪忍袋の緒が切れたのだ。
 大学のゼミが一緒の私たちは授業の帰りだった。
 男を突き放し、すぐさま泣き叫んで爽に許しを乞うお姉ちゃんに、今度は爽もうなずかなかった。
 冷めきった目で「さよなら」と背を向けた爽に、私は心のなかで喝采を送った。
 そんな私にバチが当たった。
 居眠り運転のトラックが突っ込んできたのはその時だった。

 お姉ちゃんは即死だった。
 凍りついたようにこっちを見る爽の瞳が忘れられない。
 爽は嘆き悲しんだ。
 彼は全然悪くないのに、自分を責め苛み、後悔し、食事も睡眠も取れず、衰弱した。
 私はどうにか彼をなぐさめようとした。
 私が訪ねていくと、最初は無視をされたけど、だんだんしゃべってくれるようになった。
 いい傾向だと思っていたのに、全然違った。
 ある日、爽は「心を捨ててきた」と言った。「桜の木の下に埋めた」と言った。
 彼の顔にはもう悲しみも後悔もなかったけれど、喜びも幸せも感じることがなくなっていた。
 そんなの許せるわけがない。

(お姉ちゃんのことなんて忘れて、爽は幸せになって!)

 私の望みはそれだけだった。
 そのためには、埋められた爽の心を見つけなければいけなかった。桜の養分になる前に。


       ──*──


 毎日毎日私は掘りつづけた。
 気がつくと、爽が横にいて、ぼーっと立ってたり、柵にもたれたりして、私を見ていた。
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