さくら
「帰って。風邪引くわよ、爽」

 そう言うのに、大学とバイト以外の空いている時間は私に付き合うようにここに来た。
 そんな彼が愛しくて切なくて、私は地面を見つめた。
 
「あった!」

 ふれた瞬間、そうだとわかった。
 あたたかいやわらかな珠のようなもの。
 それは綺麗で淡く輝いていて、私はそっと手で包み、胸に抱きしめた。

(お願い、爽! あなたは幸せになって!)

 そう願うと、その珠は小さく震えた。

「いらない! いらないんだ、そんなもの! 君がいない世界でどうやって生きていける? 心は埋葬したんだ。君と一緒に、さくら!」

 突然の感情の爆発に驚いた。
 ひさしぶりに名前を呼ばれた。

「君がいない世界……? お姉ちゃんじゃなくて?」

 頭が真っ白になる。
 必死な目で私を見てくる爽の顔はもうアンドロイドじゃなくて、血の通う人間だった。彼は熱っぽく訴えかける。

「君が好きなんだ、さくら。なのに、どうして! ……どうして僕はもっと早く……」

 爽が頭を抱えた。ぼたぼたとあたたかいものが落ちてきて、私を通りすぎて地面を濡らした。

「さくら……さくら……」

 苦しそうに私の名を呼ぶ爽。
 いつのまにか胸に抱いた珠は消えていた。


      ──*──


 居眠り運転のトラックはお姉ちゃんと私を跳ねた。
 凍りついた爽の目を見ていたら、ブラックアウトして、次の瞬間には私は号泣する爽のそばにいた。
 胸が痛む慟哭に、どうして泣いてるんだろうといつものようになぐさめようと思った。

「爽……泣かないで」

 なでようとした手は彼の頭を通り抜けた。

(えっ?)

 でも、私の声は聞こえたみたいだった。
 跳ね上げるように私を見て、爽は目を見開いた。
 信じられないという顔をしたあと、ふいっと目を逸らされた。
 そんな対応をされたのは初めてだったからショックだった。
 彼のそばをうろつくうちに事情がわかってきた。
 お姉ちゃんと私はトラックに跳ねられて死んだ。
 未練のあった私は幽霊になったのだ。
 幽霊の姿の私を爽は幻覚とでも思っていたようだ。だから目を逸らしたけど、なかなか消えない幻覚にあきらめて、返事をするようになった。

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