勇者の幼なじみ
「そうだ、これ! よかったら使って?」

 私はハンカチを差し出した。
 魔除け効果があると言われている赤のドラゴンの刺繍をしたハンカチを。さっき完成したばかりのものだ。
 不器用な私が急いで作ったから、不格好なドラゴンはキョトンとした顔をしていた。
 下手くそだからか、セフィルはそれを手に取って、凝視した。

「……雑巾がわりにはなるな」
「うん、そうだね」
「いつも能天気な顔のお前に似てるな」
「そう?」
「……ぁりが……ぅ」
「ん?」
「なんでもない」
 
 受け取ってくれたのがうれしくて、私はまた笑った。
 ドラゴンが私の代わりにセフィルを守ってくれたらいいのに。
 セフィルは不機嫌な顔でハンカチを丁寧に胸もとにしまった。

「勇者様、そろそろ……」

 迎えに来た人に促され、セフィルは私の髪をすーっと撫でた。赤茶のふわふわ広がる私の髪に指を通すようにして。
 私は見納めになるかもしれないセフィルの綺麗な顔を目に焼き付けるようにじっと見た。

「じゃあ……」
「セフィル、久しぶりにハグしていい?」
「お、俺はさみしくないぞ!」
「うん、私がさみしいの」
「仕方ないな」

 どうぞとばかりにセフィルが両腕を開いた。
 その胸に飛び込んで、背中に手を回す。
 幼い頃と違って、当たり前だけど彼は大きくなっていて、私の腕では抱えきれない。
 私の腰にもセフィルの腕が回ってきた。

(さよなら、さよなら、どうか無事で……)

 頬に触れた硬い胸板、広い背中、彼の匂い、ぜんぶぜんぶ覚えておきたい。
 鼻の奥がツンとして、慌てて涙をこらえて、手を放した。
 無理やり笑顔を作る。

「セフィル、元気でね」
「あぁ」

 短くそう言って、セフィルは去っていった。
 十六歳の夏だった。



「あ~あ、行っちゃった……」

 セフィルの乗った豪華な馬車が見えなくなると、私はポツリとつぶやいた。
 騒ぎになりたくないと、街外れからセフィルは出発した。
 他の人との別れは済ませたと言って、見送りは私だけだった。よっぽど手のかかる幼なじみのことが心配だったみたいだ。
 トボトボと家に向かって歩いていたら……転んだ。
 なにもないところで。

 いつもだったら、セフィルが転ぶ前に抱きとめてくれた。
 『バカッ、ぼんやりしてるからだぞ』と。
 『なにもないところで転べるなんて、ある意味、才能だよな』と言われ、エヘッと照れ笑いをして、『褒めてない!』と頭をはたかれるのがセットだった。

 でも、もう彼はいない。
 きっと私のところには戻ってこない。
 倒れ伏したまま、私は泣いた。

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