勇者の幼なじみ
「ふぅ~」

 部屋に戻ってきて、息を吐いた。
 新しい環境にちょっと緊張してた。
 なんとなく気分を変えたくて、窓を開け、中庭を見てみる。
 月明かりが植栽を銀色に照らし、幻想的な風景だった。
 そこに、ひとつの影が現れた。

「えっ?」

 クセのある髪の毛がキラキラと月の光を反射して、精悍な顔立ちには影が落ち、その整った造作の陰影を濃くしている。
 距離があって見えないけれど、こちらを見つめる瞳はたぶん空色だ。

「うそ! なんで?」

 私が呆然としている間に、その人はどんどん近づいてきて、気がつけば、窓のすぐそばにいた。
 三年ぶりのセフィルだった。

 頬の丸みはすっかり取れ、日に焼けて、シャープで魅力的な男の人の顔になっていた。
 相変わらず、不機嫌そうな顔で私を睨みつける瞳はやっぱり空色で、間違いなくセフィルなのに、全然知らない人にも思えた。

「セ、フィル……?」

 私が呼びかけたのに彼は答えず、窓の縁に手をかけると、ひらりと飛び越えて、部屋に入ってきた。

「セフィル! ここ、男子禁制なのよ!」

 慌てて止めたけど、セフィルは構わず、私の腕を掴むと、ぐいっと引っ張り、ベッドに押し倒した。
 私の真上にセフィルの綺麗な顔があって、金色の髪が落ちかかる。

「え?」

 びっくりして固まっていると、ようやくセフィルが口を開いた。

「……大人しく俺を待ってろって言ったよな? 知らないやつについていくなとも」

 私の頭の両側に手をついたセフィルは低い声で咎めてきた。
 どうやらすごく怒ってるみたいだ。

「だって……」
「神の花嫁って、なんだよ! お前は俺の花嫁になるんだろ?」

 三年も音信不通だったのに、まだそんなふうに思ってくれてたんだという喜びと、呪いで苦しんでるはずのセフィルがどうしてここにいるのかという疑問で、頭がぐるぐるする。

「セフィル、呪いは? 呪いで苦しんでるって……」
「あぁ、苦しい。苦しくて仕方ない。これはお前の純潔をもらわないと治らない」
 
 やっぱりセフィルは呪いに侵されていたのね!
 新たな神託があったのかな?
 だから、セフィルはここに来たの?
 
 そうした疑問は湧いたけど、そんなことは置いといて、私の選択肢はひとつだ。

「いいよ。それで呪いが解けるなら」
 
 にぱっと笑うと、セフィルが喉を鳴らした。

「……相変わらず、バカだな」

 一瞬目を伏せたセフィルは私の髪の毛を梳くように撫でると、顔を近づけた。
 唇に柔らかいものが押しつけられた。
 え? キスされてる? セフィルに?
 信じられないと私はまた固まった。
< 9 / 15 >

この作品をシェア

pagetop