僕は花の色を知らないけれど、君の色は知っている
放心状態で、診察室から出る。

「迷ったんだけど、伝えた方がいいと思って決断したの。あと一年、悔いのないように生きてほしいから」

廊下を歩きながら、母さんが泣いているように微笑んだ。

痛々しくも見えるその表情に、申し訳なさが込み上げる。

「うん。教えてくれてよかった、ありがとう」

そう答えると、母さんは瞳を揺らめかし、声を出さずにうなずいた。

窓の向こうを、桜の花びらが舞っている。

近くの土手に生えている河津桜が風に乗って流れてきたのだろう。

色のない花びらに、色のない空、色のない廊下、色のないテレビの画面。

生まれつき霞病の僕には、見慣れた色のない景色。

病気のせいで、ほかの人が当たり前に見ている世界が見れないことを、僕はもう恨んではいない。

あと一年しか生きれないことも、恨んでいなかった。

泣きたい気持ちがないといえば、嘘になる。

それでも、ある種のあきらめのような思いが胸に広がって、余命宣告されたというのに自分でも驚くほど落ち着いていた。

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