僕は花の色を知らないけれど、君の色は知っている
母さんが会計を済ませている間、待合いのベンチで座って待つ。

入り口の自動ドアが開き、舞い込んできた春の風が、一枚の桜の花びらを僕の元に運んできた。僕の手の甲に落ちたそれを、ぼんやりと見つめる。

無色の花びら。

霞病の僕は、花の色すら知らない。

だけど生まれてこの方、一度も色を見たことがないわけではなかった。

思い出すのは、あの子のことだった。

色のない世界で、彼女だけが色づいていた衝撃。

生まれて初めて見た色彩の鮮やかさに、意識のすべてを持っていかれたのを覚えている。

彼女が笑うと、色彩はよりいっそう濃くなって、世界が輝くようだった。

〝霞病の奇跡〟と呼ばれる、彩色現象の影響らしい。

霞病患者は恋をすると、一時的に色を認識することができるのだ。

もう一度、あの鮮やかな輝きを見てみたい。

無色の花びらを見つめているうちに、まるで胸の奥から突き上げるように、そんな欲望が湧いていた。 

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