息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
核心/その1


ここで秋川は、どうしても確認しておきたかったことを切り出した

「…浦井さん、結局、あの白煙の正体は…」

「息でしょうね、祐二さんの…。N市図書館で採取した煙のサンプルも提供してもらいましたが、窒素・酸素・二酸化酸素が人間の吐く息に近い比率でしたし…」

”やはりか…。では、その息はその都度、祐二さんが吐いていたっていうのか?”

...


秋川のその無言の問いに、浦井は明快に即答した

「…当機関では、祐二さんが絶命したその瞬間の息だとの推測に達しました。その瞬間のひと息はオーブとなって、フォッサマグナの波動に吸引され、地下数万メートルに誘われた。そこで共振する波動を待機し、親振動の律子さんと祐二さんが共振したその時、遥か地上にストックされた死んだ瞬間の息が、世俗の巷に”形容を成した姿”となって漂う…。それがおそらく、あなた方の目にした白煙と異臭になります」

さすがに秋川は、今の新田が”ここまで”の許容には耐えられないだろうと察し、あえて話を戻す方針に出た。

「そこで浦井さん…。最初に新田が尋ねたことと重なるが、祐二さんの残した”死んだ瞬間の吐息”、もう地上に現れませんか?彼の肉体はすでに焼却され、今は納骨の身となった。石毛老人は彼の成仏を祈念し、手を合わせました。律子さんもバイクも今は何も起こっていない。これで終わった。そう思いたいんです、我々としては。どうですか?」

この秋川の言葉を、ギラギラした目で見つめていた隣の新田は、下唇を噛んで浦井の返答を待った。

...


「…霊魂という概念を、日本人は非常に大事にしています。それは生を終えたその魂の供養と共に、またいつか新たな生を得るまでの道のりを願った尊い心からかもしれませんね。だから、恐いものではない。…本当に怖いのは、生きながらに負の情念を宿し霊魂と化す生霊の放つエネルギー…。これこそ、人間が生きることに傾ける本来のエネルギーを、恨みや憎しみ、嫉みの負の情念に凝縮させる‥。まあ、想像しただけも恐ろしいですよ」

浦井の口から”生霊”という言葉が飛び出し、秋川と新田は思わず顔を見合わせた。
もっとも呪いという表現ではなく、あくまでエネルギーと言い表したところに、浦井の意は込められていたのだ。

「…でも祐二さんは、死んだ瞬間の情念に生前発するべきエネルギーのすべてが飲み込まれたんです。あの白煙と腐敗臭は、言ってみれば”息霊”ですかね…」

ここでの浦井は、二人の現役刑事にじっくりと話しこむスタンスをとった…。

「…彼は死のその瞬間、葛藤していたんでしょう。それはすさまじい…、自己を拷問に追い込むような…、身の毛が逆立つ葛藤だったと察しますよ。…そんな葛藤に苛まれる生な彼をコンタクトした律子さんもまた葛藤していた。お二人は現役の刑事の立場でありながら、生身の人間としてあの状況下、そんな状況下で苦悶する律子さんにぶつかられ、結果、既にこの世の人間ではなかった祐二さんも救われたんじゃないですかね」

「それなら、浦井さん…‼」

新田はここでもせっつくようだった…。

...


「それで終わった…。こう信じようじゃありませんか。十分、お二人は尽くされた。もうここまでいいと思いますよ」

ついに二人はこの言葉を得た。





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