息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
再会/その5


「ところが、クジラの仲間などは、人類がごく最近になって解明できた、いわゆるサウンドチャンネルの存在を、我々よりはるか昔から知っていた。水圧と水温がある一定の作用を及ぼす地点…、そこは数千メートル先まで音を届ける波動を生じさせる海域です。そしてその特別な海域を利用し、音による振動によってはるか遠方の獲物を探知していたんです。まだまだ深海には我々が仰天するような、常識をひっくり返す日常風景が無尽蔵に眠っていますよ」

「…」

「まして地底となったら、もはや宇宙以上に遠い世界かもしれません。我々はその地球上で生きているが、この究極の灯台下暗しをどれだけ自覚しているのかと思えるんです」

”サウンドチャンネルか…。人類は深海の未知を垣間見て、地底の奥深さを痛感するべきかもな。そこは深海を超える、まさに前人未到の地だ。ひょっとすると、波動のタイムトンネルは、地底深くにこそ存在し得るのかもな…”

...


「…ならば、地底深くの地球の内部なんかは深海とは比べ物にならないほどの未知の領域ですよ。そこでは、地上のごく一部で生きてきた人間なんかには想像ができない現象が日々繰り広げられてるでしょう」

まさしく秋川の思いをなぞるかのように、克也はしみじみと語っていた。

「…そのエネルギーの一部がはるか地上に放出され、人間の発する何らかのエネルギーと相互反応を起こし、我々の捉える科学では説明できない現象が地上で現出されてとしても、何ら不思議なことではない。そんな考えが強くなりました」

「わかりました…。克也さん、私たちデカは人間同士の生々しいエネルギーが交錯して起こる、現代社会の現象に対峙せざるを得ない。だが、目の前に起こり得たことなら、たとえ非科学的な出来事でも、それが事実なら逃げられないんです。またいずれ、この話の続きを聞かせて下さい」

「はい。またいつかお会いしましょう。新田さんも…」

新田は何とも言えない笑顔でそれに応えていた。

「律っちゃんには僕もマメに連絡を心がけますから…。何かあればお知らせします」

秋川はこの克也の言葉が、いくつかの意味を含ませているであろうことを何となく感じ取っていた。

「…よろしくお願いします、克也さん」

秋川は克也と固い握手を交わし、二人が克也と別れたのは夕方4時半過ぎだった。

...


帰路に向かう車中、助手席の新田は高速に入るやいなや、眠りについた。
かわいい後輩刑事の健康的な寝息が、ハンドルを握る秋川の耳に届く…。

秋川はなぜか、視界の隅に入るその寝顔がたまらなく愛おしかった。

”新田…、お前は大きな壁を死に物狂いで乗り越えた。だが、その乗り超えた先には新たな苦悩が待ってる‥。”それ”からは、デカを続ける限り逃がれられないんだ。がんばれ…”

秋川が後輩の新田にこうエールを捧げた心の中は、どこかどんよりと雲に覆われているようだった…。



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