息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
帰点と起点/その4


数回の呼び出音しの後、高子は電話口に出たが、電波の具合が悪かったので美津江は谷側に移り、盛んに”もしもし”を繰り返した。

「…もしもし、もしもし…?…ああ、高子さん?…聞こえる?」

「美津江さん…?うん、聞こえるわ。こんばんわ」

「ええ、こんばんわ。あの、今ね…、そっちの源蔵さんと三番棚のカーブんとこで会ったんだけど、これから忘れものだとかで地蔵さんとこにって…。ええ…、そうよ、今日は靄がかかってるから明日にしなさいって言ってるんだけどね…。あれ…?…おじさん⁉」

ケータイを手にした美津江は、そう言ってがけ側から車の方に振り返ると…。
ほんの10秒ほど目を離した間に、石毛老人は美津江の視界から消えていた…。

...


美津江はまだそう遠くまでは行ってないと判断し、数メートル駆けて前方に目をやったが、さらに濃くなってきた山中の靄が視界を遮って数メートル先も見えない。

「やだあ…、おじさん、行っちゃったみたい。どうせ尾隠し地蔵に向かってるのはわかってるけど…。私、車で追いかけるわ」

「ごめんなさいね。私もすぐ、車出して向かうわ。全くう…!おじいちゃん、最近ボケてきたのか夜もよく外へ出歩くのよ。じゃあ、すいません、美津江さん。お願いします…」

「わかったわ。私の車が止まってるところでね」

美津江は石毛家の嫁、高子とそう申し合わせて電話を切った後、急ぎ足でエンジンをかけたままのワゴン車に戻った。

...


ブイーン、キュキュキュ…、ブイーン…。

三番棚の急な上り坂カーブ地点でのUターンには、通常でも5回ほどの切り返しを要する。
ただでさえ真っ暗な上、靄で視界が最悪なため、美津江は慎重に7回切り返して尾隠し地蔵方面へと車を走らせた。

と…、その直後、美津江は”あること”に気づいた。

「えー⁉そんなバカな…。青屋根のおじさん、杖突かないで歩いていたじゃない…‼」

美津江は今さっき、杖を持たずにふわふわと歩く石毛老人の後ろ姿を思いだすと、瞬時で全身は鳥肌に覆われた。
更にハンドルを握る手はぶるぶるとフル、脂汗が滲んできた…。




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