息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
帰点と起点/その6
”ぎゃあー、ああーー”
それは生身の人間がごく自然に反応した結果の絶叫ではあった。
もっともその絶叫に反応するものは、そこには”誰も”居合わせなかったが…。
夜の静寂の主は、ものの見事に人間界の壮絶なる”その音”を瞬時に”分解”させ、無に還してしまう。
...
その音を発していた主…、石毛老人は、信じられないほどの速さで杉の大木を”登って”いたのだ。
4本の手足をがさがさとせわしく交錯させて…。
それはまるで、巨大な昆虫の後ろ姿に見えた。
ただし、その口から発せられている”ううー、ううー”という響きは、コテコテの人間のうめき声に相違なかったが…。
見る見るうちに地上4、5Mの辺りまで這い上った80過ぎの老人の両横には、半透明の狐らしき獣が何匹も勢いよく軽やかに、そして音も立てずに大木を駆け上っている姿があった…。
狐たちは高さ10Mくらいのところまで登ると、スーッと闇に呑み込まれるように蒸発していった。
次々と、それは無数に…。
老人はさらにガサガサと、一見して効率が悪いとわかる不格好な木登りを継続していて、狐たちが消え去っている地点までもうすぐだ。
すると、その大木の更に5Mほど上には、何やら動物らしき姿がおぼろげに浮き出てきた。
やがてその動物は一目瞭然で、巨大な狐の後ろ姿と判断できた。
”それ”は、小熊のように丸々と太り、尻尾は恐ろしくデカくて長い…。
ビッグサイズのマフラーのようにうねるその長い尻尾の行き着く先…。
そこは、なんと木登り中の老人のか細い首だった。
もはやこれは…‼
巨大な狐が杉の大木上部から人間の首に尻尾を巻きつけ、引っ張り上げている情景以外の何物でもなった…。
...
いつの間にか木登りする半透明の狐が絶えると、巨大な狐は一気に尻尾で老人の首を地上10数M地点まで力任せに引きずり上げ、脇のひと際太い枝に素早く飛び移った。
”ううー‼ううー‼”
”木登り”を終えた老人は、さらにうめき声をワンオクターブ上げ、首に巻きついた尻尾の誘導に、その痩せた身を任せるしかなかった。
”ブラーン…”
そして…!
それは、瞬間的な出来事であった。
尻尾で捕らえた老人を引っ張っぱり上げたまま、太い枝を飛び越えると、巨大狐はぱっと姿を消し、老人だけが枝にぶる下がっているではないか…!
ブラーン…、ブラーン…と、どこか機械的な音感を響かせて…。
無論、”ううー!ううー!”という人間の口から飛び出る”音”は、既に聞こえなていかったが…。
...
狐たちが消えたあと、大木に吊るされた石毛老人の首には作業用のロープがしっかりと巻き付いていた。
地上およそ10数メートルの高さで一人の人間をぶる下げているその太い枝にとっては、今回の老人は数十人目で、その作業は当の昔から手慣れたものだったに違いない。
”ぎゃあ~~、ああーー…‼”
コトの全容を見届けてしまった美津江の口からは、夜の静寂の主もさすがに一瞬では呑み込めないほどのボリュームで、断末魔の叫びが何度も何度も繰り返されていた…。
その彼女の足元では、すでに右手から地面に抜け落ちたケータイ電話が、絶叫中の美津江に遠慮するかのように、ひたすら着信音をむなしそうに伝えていた。
”ぎゃあー、ああーー”
それは生身の人間がごく自然に反応した結果の絶叫ではあった。
もっともその絶叫に反応するものは、そこには”誰も”居合わせなかったが…。
夜の静寂の主は、ものの見事に人間界の壮絶なる”その音”を瞬時に”分解”させ、無に還してしまう。
...
その音を発していた主…、石毛老人は、信じられないほどの速さで杉の大木を”登って”いたのだ。
4本の手足をがさがさとせわしく交錯させて…。
それはまるで、巨大な昆虫の後ろ姿に見えた。
ただし、その口から発せられている”ううー、ううー”という響きは、コテコテの人間のうめき声に相違なかったが…。
見る見るうちに地上4、5Mの辺りまで這い上った80過ぎの老人の両横には、半透明の狐らしき獣が何匹も勢いよく軽やかに、そして音も立てずに大木を駆け上っている姿があった…。
狐たちは高さ10Mくらいのところまで登ると、スーッと闇に呑み込まれるように蒸発していった。
次々と、それは無数に…。
老人はさらにガサガサと、一見して効率が悪いとわかる不格好な木登りを継続していて、狐たちが消え去っている地点までもうすぐだ。
すると、その大木の更に5Mほど上には、何やら動物らしき姿がおぼろげに浮き出てきた。
やがてその動物は一目瞭然で、巨大な狐の後ろ姿と判断できた。
”それ”は、小熊のように丸々と太り、尻尾は恐ろしくデカくて長い…。
ビッグサイズのマフラーのようにうねるその長い尻尾の行き着く先…。
そこは、なんと木登り中の老人のか細い首だった。
もはやこれは…‼
巨大な狐が杉の大木上部から人間の首に尻尾を巻きつけ、引っ張り上げている情景以外の何物でもなった…。
...
いつの間にか木登りする半透明の狐が絶えると、巨大な狐は一気に尻尾で老人の首を地上10数M地点まで力任せに引きずり上げ、脇のひと際太い枝に素早く飛び移った。
”ううー‼ううー‼”
”木登り”を終えた老人は、さらにうめき声をワンオクターブ上げ、首に巻きついた尻尾の誘導に、その痩せた身を任せるしかなかった。
”ブラーン…”
そして…!
それは、瞬間的な出来事であった。
尻尾で捕らえた老人を引っ張っぱり上げたまま、太い枝を飛び越えると、巨大狐はぱっと姿を消し、老人だけが枝にぶる下がっているではないか…!
ブラーン…、ブラーン…と、どこか機械的な音感を響かせて…。
無論、”ううー!ううー!”という人間の口から飛び出る”音”は、既に聞こえなていかったが…。
...
狐たちが消えたあと、大木に吊るされた石毛老人の首には作業用のロープがしっかりと巻き付いていた。
地上およそ10数メートルの高さで一人の人間をぶる下げているその太い枝にとっては、今回の老人は数十人目で、その作業は当の昔から手慣れたものだったに違いない。
”ぎゃあ~~、ああーー…‼”
コトの全容を見届けてしまった美津江の口からは、夜の静寂の主もさすがに一瞬では呑み込めないほどのボリュームで、断末魔の叫びが何度も何度も繰り返されていた…。
その彼女の足元では、すでに右手から地面に抜け落ちたケータイ電話が、絶叫中の美津江に遠慮するかのように、ひたすら着信音をむなしそうに伝えていた。