息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
その5



すでに店内では、騒動が静まった後に来訪した客が入れ替わり出入りしており、ほぼ通常の状態に戻っていた。

「津藤さん、大丈夫ですか?」

女子職員が応接室のソファーで横たわっている律子に、心配そうな口調で話しかけた。

「…うん、さっきは激痛だったんだけど、横になったら急に頭が軽くなったみたい」

先ほどまでの、放心状態のうつろな表情は消えうせ、律子はいつもの人懐っこい、キョロッとした眼で答えた。

「よかったー。先輩、さっきは催眠術にかかったみたいでしたよ。ひょっとして、あの騒ぎ覚えてないとかってことですか?」

律子は少しの間、目をつぶって、記憶をたどるように仕草をした後、そう尋ねてくる後輩に向かって、「なんか、おぼろげだったナー。小峰さんが私に投げてきたお金が目の前で止まって、そのあと、頭からスーッと中身が外に流れ出したような感覚になって…」

ここで津子は、一度記憶を整理するかのように、一息ついてから続けた。

...


「小峰さんが大きく口をあけて叫んでいるのは見えたけど、なんかシルエットがかかってて、何言ってるかは、はっきり聞き取れなかったんだよね。ちょっと、貧血んときに似た感じだったかな…。微妙に視界が揺れてて。副長から肩たたかれて、ビューンて、靄が飛んでったかと思うと、いつもの状態だった。でも、すぐに頭がズキーンって。そうそう、二日酔いの朝、目覚めたときと同じだった」

そう言って、通常の仕事でもよく見せる、”うんうんうん”と、しゃべり終わった後、三回頭を上下する仕草をみせた。

「あのー。メチャクチャな悪臭、先輩の体の周りから臭ったんですけどー、モチロン、今はまったく臭いませんよ。あれ、どこから湧いてきたんでしょうね?」

律子は思わず両手を鼻にやり、臭いを嗅いでみた。
そして…。

「それが、全く臭くなかったんだよ。今嗅いでみても何にも臭わない。なんなんだろ?」

「律子さんを包み込んでいた、白い煙もですか?見えなかったんですか?」

「うん」

「げーっ、どういうことなんですかねー。」

さっぱりわからない、といった表情の後輩を見て、律子は無意識にバイクの受け渡し場所だった地蔵と大木のあの佇まいを思い返していた。

”やっぱりあの時”から変だ、私…”

律子には、結局こういう結論が自分に帰ってくることを受け入れざるを得なかった。





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