息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
閉じ子の伝説/その2


「…その前に、もうひとつ伺わせてください。律ちゃんの身に危険が迫ってるってことはあるんでしょうか?」

「これも今の時点では何ともなんです。その為にも早く彼女を見つけ出すことが必要で…。なにしろ、あなたと律子さんの話が参考になると思うのでご協力お願いします、克也さん…」

「わかりました…。ではまず風土心理学のことに触れないといけませんが厳密にはもう一つ、運命力学って分野、まあ、これも風変わりな研究ジャンルなんですが、この二つを並行しての考察になります」

ここで二人は顔を見合わせて、池の脇に佇む木製のベンチに隣り合って腰を下ろした。

...

”はじめはちょっと難しい話から入りそうだ”、秋川はそう自分に言い聞かせると、ボールペンを握る手は一気に早まった。

「…運命力学ってのは、大学のサークルで統計物理が専門の教授から学んだんですが、要は人が歩む人生での決定領域と未決定領域のせめぎ合いを、どの程度自己の力で予め決定つけられていると思われる運命を変えることができるか…。それを人間関係と連動するその人の行動のジャンプ比、ブロック比を解析して、ケーススタディとして集約するものです」

「はあ…」

「はは…、さっぱりわかりませんよね、こんな説明じゃ。ええとですね、こういう例えでお話ししましょう。…人は子供の頃からすでに学校にも通い、社会生活を営みますよね。実のところ、そこではかなり原始的なヒエラルキーの中に自らを置きます」

克也はここで明らかにゆっくりとした口調になった。おそらく聞き手を意識してのことだろう。

「例えば、男女共学の一クラス35人程度とすれば、ほとんどは男女別々の5、6人前後で3グループに分かれます。それは同列ではなく、暗黙の力関係で優劣によるABCのランクつけになります。それぞれのランク同士で男女のグル―プがくっつく。これは自然現象のように…。刑事さんも、この構図は理解できるんじゃないですか?」

「ええ、よく理解できますね。ここまでは大変わかりやすい(苦笑)」

「乱暴に言えば、こういったヒエラルキーから抜け出せない限り、決められた運命のレールを進むってことになります」

「…」


...


「…では、人間、物心ついた頃、気が付くと収まっていた自分のポジションに発奮して努力すれば、誰もがそこから羽ばたくことができる。成功者になれる。要はその方法を見出せばいいっいってことに行き着きますよね?」

「そうですね。でもそれなら、よく耳にする自己啓発のロジックに過ぎないように感じますが…」

これは秋川の正直な感想であった。

「自己啓発の観点からはそこに向かうでしょうが、運命力学で照らせばそれは理想論、非現実的、所詮それはごく限られた成功者の理屈として行きつく。それを前提にしているんです。…はっきり言ってポジティブではなく、自己の限界値を把握することを主眼にしているんです」

”参った…。人間、努力だけで人生開けるものではない…。これを自分に突き付けたら身もフタもないぜ…”

秋川はまさにネガティブな部屋に押し込まれたような、げんなりとした気分に陥った。

”彼は、何と空しい結論を前提とした理論に勤しんでいるんだ”

秋川はやや空恐ろしさを覚えたが、一方で、”いや、克也にはまだその先がある…”、そうも思えた。
克也の捉える限界は壁ではなく、”さだめ”のようなものだと指摘していることは、秋川にもなんとなく伝わってきたからだ。




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