息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
ただ、駆られるままに…/その1


律子はひたすらバイクを飛ばした。

”たしか、あそこの川を渡った県道沿いにあったと思う…”

彼女が探し求めるもの…、それは公衆電話。

この時の律子は、もはや体の一部と言っても過言ではない”ケ-タイ”を持ち合わせていない身が、これほどまでにもどかしいものかと思い知らされていた。

一方でその利便性は、個人情報だなんだと過敏極まりない社会風潮に背反するような、GPSとやらの個人詮索を甘んじて受け入れる代償を伴ってのものだということもまざまざと実感した。

無論、このGPSが犯罪を未然に防止したり、犯罪に巻き込まれた際、命を救う魔法の杖にもなり得るのは否定できない。

その上で、要は便利な”ツール”というものは、自分が得すること、利用することだけに目がいっても、実際は思わぬしっぺがえしのタネがしっかり植え込まれているということ…。

この原則を見逃すことは、天に唾を吐くことに等しい。

何故なら、その人間が使うツールには、他ならぬ自分たち生身の”人間”も含まれているのだから…。

律子には短時間の間にここまで収れんされていた。

”そうよ、そのこと、祐二さんの生と死が語ってくれたんだ…”

まだ律子には祐二のことなど、ほんのわずかしか知り得ないにもかかわらず、何故ここまでの確証を得ていたのか…。
当の彼女自身、それは、もうはっきりしていた。
その決め手は、先ほどの妖怪じいさんとの短いやり取りであった…。

”あとはその実証の裏付けだ。ここに滞在中、それはやり遂げる”

これはここに至り、律子の確たる意志だった。

...


「あった!」

律子の記憶は確かだった。

橋を渡り切ってすぐの、防火水槽脇にきょとんと備わっている公衆電話ボックスの中に入ると、律子は抱き付くように緑色の懐かしい文明の利器に面と向かった。

幸い小銭はストックが十分だ。

「…もしもし、向井さんのケータイでよろしいでしょうか?」

「はい。そうですが…」

「あの…、私、千葉の津藤と申します。さっき、祐二さんの家で近所のおじいさんにそちらの連絡先をいただいて…」

「まあ!律子さん?」

「はい!」

律子と月枝の会話は初っ端から高テンションで展開した。
それはお互い、今見据えている対象が同じだから…。
二人はこの見解も一緒だった。

...


「…では、今うかがった場所に明日10時半ということで…」

翌日の待ち合わせを約束した後、受話器を置いて電話ボックスを出た律子は、すぐにヘルメットをかぶりバイクにまたがった。

”明日、いろんなことがわかる。おそらく、彼が尾隠し地蔵で首を吊らなければならなかった、その深意も…。でも、それまでにもう少し、調べておこう。Aさんが語ってくれたあの仮説、それとさっきのじいさんからから感じとれた、尾隠しの集落が歩んできた土着の歴史と背景も…”

律子をこうまで駆り立てるものの正体とは...。
それが、自分自身のルーツを突きとめたいと願う探求心からであることに彼女が気付くには、まだ幾何かの時間を要していた。




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