息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その2
律子は、今来た山道を引き返すことにした。
今度はゆっくりと下って尾隠しの集落を再び通り抜け、青屋根のじじいん家、祐二の家も通過してから、尾隠し地蔵まで戻った。
その間、下りの復路では住人2人とすれ違った。
いずれも年老いた男性で、彼らの横を通り過ぎた後も、数十秒間、その視線を背中に感じていた。
それは、おそらく招かざるよそ者を見る不愛想な目つきで…。
ちなみに行きは住人の誰とも遭遇しなかった。
...
”今目にしているここで、祐二さんは首を吊った…。この場所であの愛車を私に譲り渡した翌日…”
ここでの律子は、祐二の死を知ってから今まで脳裏に何度浮かんでも、その度、必死に消し去っていた”言葉”を抑えることができなかった。
”なんでなの…”
尾隠し地蔵と杉の大木を前にして、ついにその一言が律子の口からこぼれおちた。
二粒の涙を伴って…。
...
そのあと律子は、向かって左を向くと視界に入る隠山トンネルまで、バイクを置いて歩いて行った。
地元に住む人もいわくの地と位置付けているこのトンネルの正面に、律子は今立ちすくんでいる。
昨日と反対側のトンネルの外に…。
...
すでに律子は”例の感覚”に入っていた。
”…トンネルのこっち側が入り口なら、向こう側は出口だ。その出口である向こう側が閉ざられれば、入り口であるこっち側はその出口を失って入り口の意味をなさなくなる”
”…このトンネルが開通する前は、違う出口に向かう入り口を探さなければ、ここからは抜け出せなかったんだよね。人間なら、おそらくは地蔵の裏側を谷まで降りて、トンネル方向に迂回するしかない。実際に昔からここを行き交う人はそうしていたと多田さんも言っていたし…”
”…でも、人の目に見えない物質とかならどうなんだろうか…。昨日、夢の中をバイクと一緒に走った、集落の奥の山を抜けるルートの方が何らかの理に則しているとしたら…”
”…例えば、人間の気なり魂なり、霊的な波動なりだったら…。もしかしたら昨日の夢で走ったルートが、自然に任せた場合、導かれる道なのかもしれない。そして、その到達地点が不破神社…”
律子の、無意識の意識が呟いていたその時間は、”この世界”では1秒にも満たなかった…。
そしてその時、律子の”この世界”での意識が、腕時計で確認した時間は午前10時25分だった。
...
午前10時半…。
長野県警N署の2階廊下に新田はいた。
「ああ、秋川さん、お疲れ様です」
「おう、朝早くからご苦労さん…」
「すいません、俺も今さっき着いたとこで、こっちの担当の方をここで待ってるところです」
「そうか。なら、新田。いきなりですまんが、まずは例の動画見せてくれないか」
「はい。ああ、こっち向いて再生した方がいいですね。光の加減がありますから」
...
結局、秋川はその動画を5回再生した。
「…これは信用金庫の監視カメラの煙と一緒だろ。どう見ても」
「そうですね。自分もそれ、何度も繰り返し見たんですが、白い煙のくねり方に特徴があるのと、上に舞い上がる速度が妙に遅いように感じられて…。監視カメラの映像を見た時も、やっぱりそんな印象を持ってましたから」
「うん。あのくねって上昇する様は、生きている狐のしっぽのようだった。あの時は言わなかったが、普通の白煙とはちょっと違う感じがしたんだ。…新田、仮に超常現象が作用しているとすれば、この意味するところは小峰夫人と滝沢に続く3人目以降もあり得るってことになる。そっちも、頭の隅に入れといてくれ。それで、これからの行動をな…」
「わかりました…」
そう答えた新田の表情は険しかった…。
律子は、今来た山道を引き返すことにした。
今度はゆっくりと下って尾隠しの集落を再び通り抜け、青屋根のじじいん家、祐二の家も通過してから、尾隠し地蔵まで戻った。
その間、下りの復路では住人2人とすれ違った。
いずれも年老いた男性で、彼らの横を通り過ぎた後も、数十秒間、その視線を背中に感じていた。
それは、おそらく招かざるよそ者を見る不愛想な目つきで…。
ちなみに行きは住人の誰とも遭遇しなかった。
...
”今目にしているここで、祐二さんは首を吊った…。この場所であの愛車を私に譲り渡した翌日…”
ここでの律子は、祐二の死を知ってから今まで脳裏に何度浮かんでも、その度、必死に消し去っていた”言葉”を抑えることができなかった。
”なんでなの…”
尾隠し地蔵と杉の大木を前にして、ついにその一言が律子の口からこぼれおちた。
二粒の涙を伴って…。
...
そのあと律子は、向かって左を向くと視界に入る隠山トンネルまで、バイクを置いて歩いて行った。
地元に住む人もいわくの地と位置付けているこのトンネルの正面に、律子は今立ちすくんでいる。
昨日と反対側のトンネルの外に…。
...
すでに律子は”例の感覚”に入っていた。
”…トンネルのこっち側が入り口なら、向こう側は出口だ。その出口である向こう側が閉ざられれば、入り口であるこっち側はその出口を失って入り口の意味をなさなくなる”
”…このトンネルが開通する前は、違う出口に向かう入り口を探さなければ、ここからは抜け出せなかったんだよね。人間なら、おそらくは地蔵の裏側を谷まで降りて、トンネル方向に迂回するしかない。実際に昔からここを行き交う人はそうしていたと多田さんも言っていたし…”
”…でも、人の目に見えない物質とかならどうなんだろうか…。昨日、夢の中をバイクと一緒に走った、集落の奥の山を抜けるルートの方が何らかの理に則しているとしたら…”
”…例えば、人間の気なり魂なり、霊的な波動なりだったら…。もしかしたら昨日の夢で走ったルートが、自然に任せた場合、導かれる道なのかもしれない。そして、その到達地点が不破神社…”
律子の、無意識の意識が呟いていたその時間は、”この世界”では1秒にも満たなかった…。
そしてその時、律子の”この世界”での意識が、腕時計で確認した時間は午前10時25分だった。
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午前10時半…。
長野県警N署の2階廊下に新田はいた。
「ああ、秋川さん、お疲れ様です」
「おう、朝早くからご苦労さん…」
「すいません、俺も今さっき着いたとこで、こっちの担当の方をここで待ってるところです」
「そうか。なら、新田。いきなりですまんが、まずは例の動画見せてくれないか」
「はい。ああ、こっち向いて再生した方がいいですね。光の加減がありますから」
...
結局、秋川はその動画を5回再生した。
「…これは信用金庫の監視カメラの煙と一緒だろ。どう見ても」
「そうですね。自分もそれ、何度も繰り返し見たんですが、白い煙のくねり方に特徴があるのと、上に舞い上がる速度が妙に遅いように感じられて…。監視カメラの映像を見た時も、やっぱりそんな印象を持ってましたから」
「うん。あのくねって上昇する様は、生きている狐のしっぽのようだった。あの時は言わなかったが、普通の白煙とはちょっと違う感じがしたんだ。…新田、仮に超常現象が作用しているとすれば、この意味するところは小峰夫人と滝沢に続く3人目以降もあり得るってことになる。そっちも、頭の隅に入れといてくれ。それで、これからの行動をな…」
「わかりました…」
そう答えた新田の表情は険しかった…。