息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その3


午前10時45分…。

「いやあ…、遠くからご苦労様です。N署の碓井です」

秋川と新田も碓井に挨拶と自己紹介を済ませ、名ばかりの粗末な応接テーブルで打ち合わせとなった。

「向井祐二に関しては、まあ、オーソドックスな自殺事案です。商売で多額の借金を抱えていたことも事実でしたし、遺書らしきものも自宅で発見されてます。ああ、これが現場の調書です。まあ、目を通してください」

「お手数おかけしてすいません。では…」

調書にはまず秋川がひと通り目を通し、その後、右横にかけている新田に渡った。

「碓井さん、私もこっちに来て聞き及んだんですが、向井祐二が首を括った現場では、過去に自殺者が何人も発見されてるらしいですね」

「ええ、俗に言う”自殺の名所”になってますよ、あの地蔵付近は。でもまあ、我々としては富士山の樹海とかって感覚で捉えてますがね」

”これはけん制球だな”

秋川と碓井はお互いに観察するかのように、笑顔を交えて早くも探りを入れるモードに入っていた。
それは同席している新田もいち早く感じ取った。

「まあ、そうでしょうな。…それで、我々がこちらに赴いてる主旨はこの新田から昨日電話でお伝えした通りですが、私から具体的にお話しさせていただきます」

「ああ、では伺います」

”さあ、行くぞ…”

秋川は戦闘モードにも備えていたようだった。

...

「実は、我々が自殺と他殺の両面で今追っている事件なんですが…。ガイシャの若い男が、隣の部屋に住んでいるOLとトラブルを起こしてまして…。その若い女性から事情を聞こうとしたところ、勤務先を無断欠勤してケータイを残したまま行方不明なんです。OLの足取りを追うと、母方の親戚が住む岐阜県内で叔母といとこに会ってから、この静町に入ったようなんです」

ここで秋川は一呼吸置いて、隣の新田に目で合図した。
それを受け、新田が説明を続けた。

「そのOLは先週の日曜日、この静町に来ています。自殺する前日の向井祐二から、ネットオークションで落札したバイクの引き渡しを受けたんです。…その取引場所は、この尾隠し地蔵の前でした」

新田はテーブルに視線を落として目の前の調書を指さすと、碓井に向かって顔を戻し、この後の話の伏線を敷いた。

「…」

正直、碓井はやや驚いた様子を見せていた。

...


その後、再び秋川が口を開いた。

「そのOLが住むアパートの隣の住人が死んだ日の翌日、我々は彼女が勤務する信用金庫の支店に別件で赴きました。そこでは、前日に原因不明の発煙と悪臭騒動があり、異常な行動と発作を起こした来店客が救急車で運ばれ、その日死亡したんです。まあ、これは事故で処理したんですが、その煙が湧き上がる場所の席に着いていたのがそのOLでしたので、彼女に事情を聞こうとしたが、結果的にこの時は既に失踪していた訳です」

碓井はさかんにメモを取りながら、頭の中を整理しているようだった。

「…つまり、我々が同日に現場検証に入った二つの事案で、一番の参考人が同一人物だった。しかもアパートの方でも、ガイシャの死亡推定時刻前後、通行人の証言でそこでも白い煙と悪臭が発生したことがわかっています」

「その煙が起っていた地面の上には、OLが向井祐二から譲受したバイクが止まっていたそうです」

秋川と新田の阿吽の連携はテンポよく、”同業者”を畳み込むようだった。

「…碓井さん、それと同じと思われる煙が起っている現場の動画が昨夜、OLのケータイに送信されました。おい、新田…」

ここで新田は例の動画を再生操作をし、ケータイを正面の碓井に手渡した。
碓井はどう見ても気が進まないと言った表情で、”それ”を受け取ると、ケータイの小さい画面に目をやった。

「これは…、ここの場所、N市の図書館だ。じゃあ、このオートバイは…」

この一言を発した瞬間、碓井はいくつもの点がつながったのを自覚した。




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