息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その5
秋川は心持ち前かがみとなって、ややテンションが上がった口調になっていた。
「…その場合、向井祐二の自殺も連動することになります。無論、向井の事案は完全に自殺で、そちらの調書通りで動かない。しかし、今に至って、私の個人的解釈では、背景には尾隠しの集落が歩んできた、その地に土着した因果が絡んでいると思えるんです。そこで、是非、地元の御署には私どもの対処を見届けて欲しいんです」
思わず碓井は右手で秋川の話を遮るような動作を見せ、即返答した。
「秋川さん、ちょっと待ってください。まず、今の話は矛盾していますよ。あなたは向井祐二の事案は、自殺というこちらの調書で決着済と申されたんです。その上で、そちらの事案があなた方の判断で”あれ”に流すとなっても、こちらはあくまで管轄外のことです。それに対してなんら関与できないし、すべきものでない」
まさに碓井の言は正論であった。
そのことは正面の二人にも異論はなかった。
新田は不安そうに、チラッと隣の秋川の表情を覗った。
やはり、こう突っ返されると、彼にはこの先の攻め口が思いつかなかったのだ。
...
碓井は容赦なく”正論”を続けた。
「…仮に警察の手を離れてから、その事案に向井祐二が絡んだとしてもですよ、それは警察捜査の枠外になります。従って、あなた達と彼女らが会われるのは、我々の所管する事案とは明らかに管轄外の別件になります。ここまで申せば、私の返答は省略でよろしいですね?」
この碓井のダメ押しに、新田は思わず秋川の方を向いて声が出てしまった。
「秋川さん…」
だが、秋川は表情を変えず、あえて低いトーンで再び話し出した。
「碓井さん…、あの煙は昨日も祐二の乗っていたバイクが吐き出してるんです。律子の隣人の”次”が出る可能性は否定できませんよ。そうなれば、今度の被害者はそちらの所管になる確率が極めて高い。重要なのは、新たな被害者が出るのを未然に防ぐ視点です。その視点をあなたは持つ義務があります。この辺りに暮らしてる人なら、尾隠しの辺りが古くからいわく付きの地だと暗黙で認識しているんでしょう?まして、警察の立場となればイレギュラーでも善処されるべきです」
「秋川さん!そこまで他の署の方に言われる筋合いはありませんよ。話はここで終わりにさせてもらいましょう」
これは碓井の最後通告だと、新田はそう受け取った。
この時、すでに午前11時20分を回っていた…。
...
「すいません…。涙、手紙に付いちゃったみたいです」
「律子さん…」
律子が読み終えた祐二の手紙が月枝の手に戻ったのは、午前11時5分ごろだった。
「…じゃあ、祐ちゃんのこと、いろいろ話さなきゃね。あなたには」
月枝は律子の正面に向き直った。
そして、ゆっくりとしたしゃべり口で、律子にとっては言わば”補足説明”に相当する”話”を始めた
「…群馬からここに嫁いで、夫と私は裏の離れに住んでたんだけど、3年で出たわ。その時、祐ゃんは中学生でね。彼、既にお母さんを亡くしていたし、一人っ子ってこともあってか、私にはなついてくれて。ここを出ても、たまに会ったり、連絡は取り合っていたわ…」
月枝はありのままを律子に告げた。
尾隠しに住んだ月枝は、この集落の風習が全く肌に合わず、祐二の父の弟である夫に、ここを一緒に出て行かなければ離婚すると迫った。
夫も本音ではここを出たかったし、同様に離れたがっていた祐二も連れて外へ出ることを祐二の父、祐三に具申した。
しかし祐三は、祐二が高校を卒業する前に離れることだけは頑として承知しなかった。
結局、その時は月枝と夫の二人が月枝の故郷である群馬県内転居したのだ。
...
「…今から思うと、お兄さんは祐ちゃんのことを考えていたと思う。こんな閉鎖思考の強い尾隠しで生まれ育って、小さいころから培われたあの子の性格では、他に転校しても順応できないだろうから、かえって可哀そうだとね。だから、そこそこの大人になってから解放してやりたいって…」
律子は月枝をじっと見つめながら、時折小さく頷いて、かみ砕くように耳を傾けていた。
どこか悲しそうな目で…。
「…結局、祐ちゃん、東京の大学に合格したのを機に尾隠しを出て下宿して、卒業後は都内でそこそこ大きい会社に就職したんだけどね…。あの子、あまり多くは語らなかったけど、辛かったようだわ。要は人間関係だったらしい…」
月枝の一言一言は、律子が半ばたどり着いていた”結論”を、確実に肉付けしていった。
秋川は心持ち前かがみとなって、ややテンションが上がった口調になっていた。
「…その場合、向井祐二の自殺も連動することになります。無論、向井の事案は完全に自殺で、そちらの調書通りで動かない。しかし、今に至って、私の個人的解釈では、背景には尾隠しの集落が歩んできた、その地に土着した因果が絡んでいると思えるんです。そこで、是非、地元の御署には私どもの対処を見届けて欲しいんです」
思わず碓井は右手で秋川の話を遮るような動作を見せ、即返答した。
「秋川さん、ちょっと待ってください。まず、今の話は矛盾していますよ。あなたは向井祐二の事案は、自殺というこちらの調書で決着済と申されたんです。その上で、そちらの事案があなた方の判断で”あれ”に流すとなっても、こちらはあくまで管轄外のことです。それに対してなんら関与できないし、すべきものでない」
まさに碓井の言は正論であった。
そのことは正面の二人にも異論はなかった。
新田は不安そうに、チラッと隣の秋川の表情を覗った。
やはり、こう突っ返されると、彼にはこの先の攻め口が思いつかなかったのだ。
...
碓井は容赦なく”正論”を続けた。
「…仮に警察の手を離れてから、その事案に向井祐二が絡んだとしてもですよ、それは警察捜査の枠外になります。従って、あなた達と彼女らが会われるのは、我々の所管する事案とは明らかに管轄外の別件になります。ここまで申せば、私の返答は省略でよろしいですね?」
この碓井のダメ押しに、新田は思わず秋川の方を向いて声が出てしまった。
「秋川さん…」
だが、秋川は表情を変えず、あえて低いトーンで再び話し出した。
「碓井さん…、あの煙は昨日も祐二の乗っていたバイクが吐き出してるんです。律子の隣人の”次”が出る可能性は否定できませんよ。そうなれば、今度の被害者はそちらの所管になる確率が極めて高い。重要なのは、新たな被害者が出るのを未然に防ぐ視点です。その視点をあなたは持つ義務があります。この辺りに暮らしてる人なら、尾隠しの辺りが古くからいわく付きの地だと暗黙で認識しているんでしょう?まして、警察の立場となればイレギュラーでも善処されるべきです」
「秋川さん!そこまで他の署の方に言われる筋合いはありませんよ。話はここで終わりにさせてもらいましょう」
これは碓井の最後通告だと、新田はそう受け取った。
この時、すでに午前11時20分を回っていた…。
...
「すいません…。涙、手紙に付いちゃったみたいです」
「律子さん…」
律子が読み終えた祐二の手紙が月枝の手に戻ったのは、午前11時5分ごろだった。
「…じゃあ、祐ちゃんのこと、いろいろ話さなきゃね。あなたには」
月枝は律子の正面に向き直った。
そして、ゆっくりとしたしゃべり口で、律子にとっては言わば”補足説明”に相当する”話”を始めた
「…群馬からここに嫁いで、夫と私は裏の離れに住んでたんだけど、3年で出たわ。その時、祐ゃんは中学生でね。彼、既にお母さんを亡くしていたし、一人っ子ってこともあってか、私にはなついてくれて。ここを出ても、たまに会ったり、連絡は取り合っていたわ…」
月枝はありのままを律子に告げた。
尾隠しに住んだ月枝は、この集落の風習が全く肌に合わず、祐二の父の弟である夫に、ここを一緒に出て行かなければ離婚すると迫った。
夫も本音ではここを出たかったし、同様に離れたがっていた祐二も連れて外へ出ることを祐二の父、祐三に具申した。
しかし祐三は、祐二が高校を卒業する前に離れることだけは頑として承知しなかった。
結局、その時は月枝と夫の二人が月枝の故郷である群馬県内転居したのだ。
...
「…今から思うと、お兄さんは祐ちゃんのことを考えていたと思う。こんな閉鎖思考の強い尾隠しで生まれ育って、小さいころから培われたあの子の性格では、他に転校しても順応できないだろうから、かえって可哀そうだとね。だから、そこそこの大人になってから解放してやりたいって…」
律子は月枝をじっと見つめながら、時折小さく頷いて、かみ砕くように耳を傾けていた。
どこか悲しそうな目で…。
「…結局、祐ちゃん、東京の大学に合格したのを機に尾隠しを出て下宿して、卒業後は都内でそこそこ大きい会社に就職したんだけどね…。あの子、あまり多くは語らなかったけど、辛かったようだわ。要は人間関係だったらしい…」
月枝の一言一言は、律子が半ばたどり着いていた”結論”を、確実に肉付けしていった。