息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その6
「祐ちゃん、人からは好かれるタイプだったし、女性にもどちらかというとモテたんじゃないかな。傍から見れば一見、人間関係は問題なしよ。ただね…、友達なら二人の時はいいけど、もう一人加わると、うまくいかないって…、そんなこと言ってたわ」
”ヒエラルキーってやつかな…”
律子の頭の中には、克也から聞いた話がフィードバックしていた。
「…別にいじめに遭うということはないんだけど、面倒なこととか大変なことは何となく押し付けられる役どころに落ち着いちゃうんだって、いつも…。周りからは軽く便利に扱われていたんでしょうね。それさあ、社会人になっても、どうしても変えることができなかったようだわ、あの子…」
律子には、祐二が命を絶つ前にあんな手紙をなぜ、この月枝に授けたのかが納得できた。
だが、血が繋がっていない叔母にそんな悩みを打ち明けなければならなかった彼の心情を思うと心がズキンと痛む思いだった。
「…恋人なんかもね、何となく別れて行っちゃうらしいのよ。相手は祐ちゃんを嫌いになった訳じゃなくても。物足りないってことになるのかな…。別れた子がその後に付合ってる相手こととか耳に入ると、大抵は刺激的な男性だったらしいと。そんなこと、苦笑いしながら言ってんだけどね…」
”彼はそんな経験則を繰り返す中、次第に”慣れて”しまったのだろう。そして、知らず知らずに自らのその居場所を確固たるものにしてしまった…”
律子はすでにそう噛み砕けていた…
...
「…彼だって、自分を変えようとはしてたわよ。私もいろいろとアドバイスしたりして。…でも、彼にとっては如何ともしがたことだったんでしょう…、どうしても、”そこ”に自分が行っちゃうだって。本当は自分で持ってちゃってるんだろうって、あの子、自分で分析してた。もしかしたら、自信を責めていたのかもね…」
月枝は、なんともやるせない表情をしたあと、深くため息をついて俯いた。
「…律子さんは”ここ”のこと、ひと通り調べたそうね。なら、理解できると思うから話すけど…。この集落はね、昔から例の尾隠し地蔵の言い伝えを自分たちの都合に合わせ、意識的に曲解させて業の深い因習を残してきたようね。私には、もう吐き気がするほど耐えられなかったわ。そもそもね…」
「…そうですか…。じゃあ、この集落は代々、石毛家が…」
「そう。青屋根が本家筋でずっとここを仕切ってきたみたい。向井家は造花の卸業で栄えて、近隣の人も大勢その関連で生計を立てられていたそうよ。それが戦後の高度成長期にすっぽり向井家のノウハウを使って、他の卸ルートで、石毛が向井家の商売地盤に介入したの。当時は外部から入れ知恵をする輩の接触もあったでしょうしね」
「…結局、青屋根のじいさんは商売地盤を奪って、向井家を衰退させる目的もあったんですね?」
「それは昨日今日に始まったものではなく、長年にわたって根っこが”そうだった”ということよね…」
石毛家は昭和に入る前後から、尾隠し地蔵の杉の大木に毎年のように首をつる自殺者が出るのは狐を殺生した祟りからだと、住人に触れ回っていたのだ。
...
この尾隠しの集落近辺では、その昔から近隣で採取できたナス科のクコを薬草として用いていた。
昭和に入ると、それに様々な手を加えた、今でいうサプリメントとして商品化して近県に出荷していたのだ。
集落は皆が手を携え、地域産業としてを育てていく中で、この集落はその恩恵で平穏な共存が長く続いた。
しかし時代とともに、その収益配分を巡って集落内に揉め事が頻発すると、石毛家の提唱でその地域産業をそれぞれの家で営むようになった。
そうなると、今度は集落内での家ごとが商売上の競争相手となり、やがて集落内は派閥のようなものができていった。
その中で力関係のヒエラルキーが形成され、石毛本家が頂点に立っていたのだ。
そして終戦直後には、向井家が隣接する町村の伝手を得て始めていた造花の卸業が繁盛しだして、集落の住人にも関連の仕事を回せるようになった。
向井家は集落の住人に感謝され、自然と石毛本家に不満を抱くの住人達からリーダーに据えられていった。
...
「当然、面白くない訳ですね、石毛の本家からすれば…。それで、例の狐の祟りとかでどんな嫌がらせをしたと言うんですか?」
「それが、何とも陰険でおぞましい手法よ。自分たち側以外の家に子供が生まれると、災厄をもたらす子だとか、生まれながらに狐に呪われてるとか、年中言いまわって既成事実化するの。祐ちゃんなんかは、まさに幼いことからずっとだったそうよ。この子が向井家を滅ぼすって」
「ひどい!ひどいわ!」
”あのじじいめ、許せない!”
律子は昨日会った、業の深そうな淀んだ目をした老人を思い起こし、抑えきれないほどの怒りを感じていた。
それは憎しみにも近い感情だった…。
「祐ちゃん、人からは好かれるタイプだったし、女性にもどちらかというとモテたんじゃないかな。傍から見れば一見、人間関係は問題なしよ。ただね…、友達なら二人の時はいいけど、もう一人加わると、うまくいかないって…、そんなこと言ってたわ」
”ヒエラルキーってやつかな…”
律子の頭の中には、克也から聞いた話がフィードバックしていた。
「…別にいじめに遭うということはないんだけど、面倒なこととか大変なことは何となく押し付けられる役どころに落ち着いちゃうんだって、いつも…。周りからは軽く便利に扱われていたんでしょうね。それさあ、社会人になっても、どうしても変えることができなかったようだわ、あの子…」
律子には、祐二が命を絶つ前にあんな手紙をなぜ、この月枝に授けたのかが納得できた。
だが、血が繋がっていない叔母にそんな悩みを打ち明けなければならなかった彼の心情を思うと心がズキンと痛む思いだった。
「…恋人なんかもね、何となく別れて行っちゃうらしいのよ。相手は祐ちゃんを嫌いになった訳じゃなくても。物足りないってことになるのかな…。別れた子がその後に付合ってる相手こととか耳に入ると、大抵は刺激的な男性だったらしいと。そんなこと、苦笑いしながら言ってんだけどね…」
”彼はそんな経験則を繰り返す中、次第に”慣れて”しまったのだろう。そして、知らず知らずに自らのその居場所を確固たるものにしてしまった…”
律子はすでにそう噛み砕けていた…
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「…彼だって、自分を変えようとはしてたわよ。私もいろいろとアドバイスしたりして。…でも、彼にとっては如何ともしがたことだったんでしょう…、どうしても、”そこ”に自分が行っちゃうだって。本当は自分で持ってちゃってるんだろうって、あの子、自分で分析してた。もしかしたら、自信を責めていたのかもね…」
月枝は、なんともやるせない表情をしたあと、深くため息をついて俯いた。
「…律子さんは”ここ”のこと、ひと通り調べたそうね。なら、理解できると思うから話すけど…。この集落はね、昔から例の尾隠し地蔵の言い伝えを自分たちの都合に合わせ、意識的に曲解させて業の深い因習を残してきたようね。私には、もう吐き気がするほど耐えられなかったわ。そもそもね…」
「…そうですか…。じゃあ、この集落は代々、石毛家が…」
「そう。青屋根が本家筋でずっとここを仕切ってきたみたい。向井家は造花の卸業で栄えて、近隣の人も大勢その関連で生計を立てられていたそうよ。それが戦後の高度成長期にすっぽり向井家のノウハウを使って、他の卸ルートで、石毛が向井家の商売地盤に介入したの。当時は外部から入れ知恵をする輩の接触もあったでしょうしね」
「…結局、青屋根のじいさんは商売地盤を奪って、向井家を衰退させる目的もあったんですね?」
「それは昨日今日に始まったものではなく、長年にわたって根っこが”そうだった”ということよね…」
石毛家は昭和に入る前後から、尾隠し地蔵の杉の大木に毎年のように首をつる自殺者が出るのは狐を殺生した祟りからだと、住人に触れ回っていたのだ。
...
この尾隠しの集落近辺では、その昔から近隣で採取できたナス科のクコを薬草として用いていた。
昭和に入ると、それに様々な手を加えた、今でいうサプリメントとして商品化して近県に出荷していたのだ。
集落は皆が手を携え、地域産業としてを育てていく中で、この集落はその恩恵で平穏な共存が長く続いた。
しかし時代とともに、その収益配分を巡って集落内に揉め事が頻発すると、石毛家の提唱でその地域産業をそれぞれの家で営むようになった。
そうなると、今度は集落内での家ごとが商売上の競争相手となり、やがて集落内は派閥のようなものができていった。
その中で力関係のヒエラルキーが形成され、石毛本家が頂点に立っていたのだ。
そして終戦直後には、向井家が隣接する町村の伝手を得て始めていた造花の卸業が繁盛しだして、集落の住人にも関連の仕事を回せるようになった。
向井家は集落の住人に感謝され、自然と石毛本家に不満を抱くの住人達からリーダーに据えられていった。
...
「当然、面白くない訳ですね、石毛の本家からすれば…。それで、例の狐の祟りとかでどんな嫌がらせをしたと言うんですか?」
「それが、何とも陰険でおぞましい手法よ。自分たち側以外の家に子供が生まれると、災厄をもたらす子だとか、生まれながらに狐に呪われてるとか、年中言いまわって既成事実化するの。祐ちゃんなんかは、まさに幼いことからずっとだったそうよ。この子が向井家を滅ぼすって」
「ひどい!ひどいわ!」
”あのじじいめ、許せない!”
律子は昨日会った、業の深そうな淀んだ目をした老人を思い起こし、抑えきれないほどの怒りを感じていた。
それは憎しみにも近い感情だった…。