息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その7
まさに律子にとって、月枝から語られるべき話は佳境を迎えていた。
「…結婚してよそからここへ来れば、この集落によからぬことを起こす嫁だとかって、私なんかもさんざん言われたけど、あれじゃあ、みんな出て行くって。そしたら青屋根のおじさん、”言った通りだった。どんどんここを寂れさせていく向井家は、いずれ祟りで途絶えるぞ!”って…。地蔵で自殺者が出るたび、あの時の祟りだ、言った通りになったとかって、後出しじゃんけんの預言者よ、要は。しかもタチは最悪だわ」
さすがにこの時の月枝の言いっぷりは、吐き捨てるようだった。
律子も無人となった向井家に、今、自分が実際にいるんだと自覚するに付け、言い知れぬ悔しさがこみ上がってきた。
「…祐二さんのお父さんはなぜ、祐二さんが生まれる前にここを出なかったんですか?」
薄々は予想がついていたが、彼女は祐二の父がなぜもっと早く決断できなかったのかを、他ならぬ月枝の口から聞きたかったのだ。
...
「あのね、石毛に睨まれている人たちから、離れないでくれって懇願されてて、お兄さんもなかなか決断できなかったのよ。私が嫁いだ頃は、反石毛家はほとんど出て行って、向井はもう兄弟二人だったし、祐ちゃんを大学に入れるタイミングで尾隠しから出して、自分は商売をフェイドアウトしてって考えだったようなのよ」
「そうですか…。祐二さんのお父さんも辛い立場だったんですね」
律子は、祐二とその父を重ね合わせていた。
それはごく自然と…。
「でも、祐ちゃんはここに戻った。都内で就職した会社は人間関係もあって、どこも長く続かずでね…。私は群馬に来なさいって言ったんだけど、そこで働いてもまた同じ結果だろうからって…。さすがに仕事のことになると、あまり強引にはね…。息子が尾隠しに戻るのは、もちろんお兄さんは反対したけど、その頃体調が悪かったし、きっと、祐ちゃんは戻ったというより、この地に”戻された”んだろうって悟っていたのかもね」
二人はどちらともなく窓の外に顔を向け、どこか弱々しい午前の光をたそがれるように見つめていた。
...
何しろ、律子はなんとも空しい限りだったのだ。
もう向井祐二のさだめに殉ずる無意識の中の意識が、あのような死を選んだのだと確信してしまったのだから…。
それはヒエラルキーの壁を越えられず、この地の養分として捧げる身を許容した自分への敗北を認めることになるんだろう…。
”祐二さん、あなたにとっては絶望の里帰りだったんでしょうね”
しかし律子には、まだ月枝から祐二について聞くべきことがあった。
今読んだ便せん4枚の手紙の中で綴られた、祐二の想いと願いの起点を明らかにさせなければ、自分にとっての探求は終結しない。
彼女はそう自分に言い聞かせ、姿勢を直して月枝の話を待った。
...
「…彼ね、私がここに嫁に来た時、小学生だったんだけど、ある時言ったわ。青屋根のおじいさんが恐いって。会うたび、”お前は祟られてる。いずれ尾隠し地蔵の捧げものになる。それがお前の運命なんだ”…って。まるで呪文のように繰り返されたそうよ」
「そんな幼い子供に、それじゃあ、暗示をかけてるのと一緒じゃないですか!ふざけんなって…」
月枝はふんふんと、2度首をゆっくりと縦に振っていた。
それは、”そうよね、わかる、わかる”と律子の気持ちに同調する本心と、”まあ、今は落ち着いて”というなだめる思いも兼ねていたのだろう。
...
「…律子さん、祐ちゃんはよく言ってたわ。あのトンネルはこっちからだと出られない。裏の山の方が本当の出口じゃないのかって気がするって…。夢の中ではよく、道のない山の奥をただひたすら歩いてるんだって。本当は体以外の自分が、山の中に吸い寄せらてるんじゃないのかなって、そんなことをね…。その時は言っている意味がさっぱり分からなかったけど、今、あの手紙に書かれた祐ちゃんの字を読むとねえ…」
「はい、今の私には子供の頃の祐二さんの感覚、全部わかります!」
月枝は目を細めて大きくため息を漏らした後、更に続けた。
「…彼が大学を卒業した頃には、こんなことを言ってたわ。…恋はできても、心の奥底から人を愛せることなんか、自分は一生できないんじゃないかって。一瞬でもいいからそんな気持ちになれたら、どんなに幸せだろうかって」
「月枝さん…」
「あの手紙を書いた時点の彼は、”予感”だったんでしょうね、たぶん…。でも、彼が表現してた”死ぬ瞬間”、はっきりわかったのよね。そして、予感通りだった訳でしょ、きっと。…だから、あなたの周りで起こってることは、彼の予感通りってことで…。死んだ瞬間の彼が、死んだ後もあなたを想い、あなたを愛する魂に従って、”その願い”を無意識で”起こしてしまってる”…。私はそう思えてならないの」
ここで律子の視界には、ようやく”到達点”がくっきり浮かんだ。
まさに律子にとって、月枝から語られるべき話は佳境を迎えていた。
「…結婚してよそからここへ来れば、この集落によからぬことを起こす嫁だとかって、私なんかもさんざん言われたけど、あれじゃあ、みんな出て行くって。そしたら青屋根のおじさん、”言った通りだった。どんどんここを寂れさせていく向井家は、いずれ祟りで途絶えるぞ!”って…。地蔵で自殺者が出るたび、あの時の祟りだ、言った通りになったとかって、後出しじゃんけんの預言者よ、要は。しかもタチは最悪だわ」
さすがにこの時の月枝の言いっぷりは、吐き捨てるようだった。
律子も無人となった向井家に、今、自分が実際にいるんだと自覚するに付け、言い知れぬ悔しさがこみ上がってきた。
「…祐二さんのお父さんはなぜ、祐二さんが生まれる前にここを出なかったんですか?」
薄々は予想がついていたが、彼女は祐二の父がなぜもっと早く決断できなかったのかを、他ならぬ月枝の口から聞きたかったのだ。
...
「あのね、石毛に睨まれている人たちから、離れないでくれって懇願されてて、お兄さんもなかなか決断できなかったのよ。私が嫁いだ頃は、反石毛家はほとんど出て行って、向井はもう兄弟二人だったし、祐ちゃんを大学に入れるタイミングで尾隠しから出して、自分は商売をフェイドアウトしてって考えだったようなのよ」
「そうですか…。祐二さんのお父さんも辛い立場だったんですね」
律子は、祐二とその父を重ね合わせていた。
それはごく自然と…。
「でも、祐ちゃんはここに戻った。都内で就職した会社は人間関係もあって、どこも長く続かずでね…。私は群馬に来なさいって言ったんだけど、そこで働いてもまた同じ結果だろうからって…。さすがに仕事のことになると、あまり強引にはね…。息子が尾隠しに戻るのは、もちろんお兄さんは反対したけど、その頃体調が悪かったし、きっと、祐ちゃんは戻ったというより、この地に”戻された”んだろうって悟っていたのかもね」
二人はどちらともなく窓の外に顔を向け、どこか弱々しい午前の光をたそがれるように見つめていた。
...
何しろ、律子はなんとも空しい限りだったのだ。
もう向井祐二のさだめに殉ずる無意識の中の意識が、あのような死を選んだのだと確信してしまったのだから…。
それはヒエラルキーの壁を越えられず、この地の養分として捧げる身を許容した自分への敗北を認めることになるんだろう…。
”祐二さん、あなたにとっては絶望の里帰りだったんでしょうね”
しかし律子には、まだ月枝から祐二について聞くべきことがあった。
今読んだ便せん4枚の手紙の中で綴られた、祐二の想いと願いの起点を明らかにさせなければ、自分にとっての探求は終結しない。
彼女はそう自分に言い聞かせ、姿勢を直して月枝の話を待った。
...
「…彼ね、私がここに嫁に来た時、小学生だったんだけど、ある時言ったわ。青屋根のおじいさんが恐いって。会うたび、”お前は祟られてる。いずれ尾隠し地蔵の捧げものになる。それがお前の運命なんだ”…って。まるで呪文のように繰り返されたそうよ」
「そんな幼い子供に、それじゃあ、暗示をかけてるのと一緒じゃないですか!ふざけんなって…」
月枝はふんふんと、2度首をゆっくりと縦に振っていた。
それは、”そうよね、わかる、わかる”と律子の気持ちに同調する本心と、”まあ、今は落ち着いて”というなだめる思いも兼ねていたのだろう。
...
「…律子さん、祐ちゃんはよく言ってたわ。あのトンネルはこっちからだと出られない。裏の山の方が本当の出口じゃないのかって気がするって…。夢の中ではよく、道のない山の奥をただひたすら歩いてるんだって。本当は体以外の自分が、山の中に吸い寄せらてるんじゃないのかなって、そんなことをね…。その時は言っている意味がさっぱり分からなかったけど、今、あの手紙に書かれた祐ちゃんの字を読むとねえ…」
「はい、今の私には子供の頃の祐二さんの感覚、全部わかります!」
月枝は目を細めて大きくため息を漏らした後、更に続けた。
「…彼が大学を卒業した頃には、こんなことを言ってたわ。…恋はできても、心の奥底から人を愛せることなんか、自分は一生できないんじゃないかって。一瞬でもいいからそんな気持ちになれたら、どんなに幸せだろうかって」
「月枝さん…」
「あの手紙を書いた時点の彼は、”予感”だったんでしょうね、たぶん…。でも、彼が表現してた”死ぬ瞬間”、はっきりわかったのよね。そして、予感通りだった訳でしょ、きっと。…だから、あなたの周りで起こってることは、彼の予感通りってことで…。死んだ瞬間の彼が、死んだ後もあなたを想い、あなたを愛する魂に従って、”その願い”を無意識で”起こしてしまってる”…。私はそう思えてならないの」
ここで律子の視界には、ようやく”到達点”がくっきり浮かんだ。