息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その8
「はい。私もそう確信しています。彼とは私が6歳の時、岐阜の神社で出会っています。無意識のなかで…。でも、そこで彼には命を救ってもらったんです。彼が身代わりなってくれた。その時、私が祐ちゃんと呼んでお礼を言った彼は、今の私には、祐二さんの命がこの世から消えたその瞬間の彼に思えてなりません」
「うん、そうなのかもねえ…。とても不思議で、現実には考えられないことだけど。律子さん…、ここであなたに言わなくちゃ。千葉で事件が起きたそうよ。あなたがアパートを出た夜、隣の部屋に住む若い男性が死んだわ。その人とあなた、ちょっとトラブルがあったんでしょ?直前には白い煙と死臭のような悪臭の証言もあったらしいし。…警察は他殺の可能性が高いって捜査してるわよ」
「月枝さん!それって…」
もう律子はあまりの驚きに、座布団に膝を立てて半腰状態になっていた。
「今朝ここへ来る前、千葉から静町にきた刑事さんに会ったの。それで、この手紙も読んでもらったわ」
「…」
”隣の覗き魔が死んだの?それに、千葉の警察が私より先に祐二さんの手紙を読んでいたなんて…”
正直、律子の頭は混乱していた。
...
しかし月枝は穏やかな表情のまま、律子をまるで包み込むように”説明”を継続した。
「千葉の秋川さんっていう刑事さん、あなたをとても心配している様子だった。いろんな意味を含めてでね。あなたのお母さんとも連絡を取りあってるそうよ。無論、会いたがってるわ、あなたに。ちょうど今の時間、N市の警察に行って、祐ちゃんの自殺の件を確認しているはずだから、…どうかしら、ここに来てもらって、話をしてみては」
「でも…、きっと私疑われてます」
この言葉を月枝は予期していたのか、ちょっと苦笑をこぼして、一段と優しい口調で律子に語りかけた。
「その刑事さん、あなたの親戚にも会って、その神社で祐ちゃんって、実在しない子と遭遇したことも承知していたわ。私にははっきり言わなかったけど、その子が”ここの祐ちゃん”と関連があるかも知れないってことも、頭から否定はしていないような感じだったわ。だから…」
「あのう…、私…」
律子は下唇を噛んで、潤んだ目で一生懸命、月枝の気持ちに応えようとするのだが、思うように言葉が出なかった…。
...
秋川の”詰める”相手である、目の前の”同業者”は、思いのほか手ごわかった。
「…それでは、最後にこれだけは聞いて下さい。私は以前一度だけだが、”別部屋”に飛ばしたヤマを経験しています。そりゃあ、その決断までは苦しんだ。のたうちまわる思いでしたよ。それを、この新田が今まさに味わっています」
薄井は新田の方を向いて、一度目を合わせた。
無論、同じ刑事としての立場で、秋川の言う”苦悩”を新田から感じ取ったに違いない。
「…私は”別部屋”以降、デカとしての誇りを更に強く持つことができたんですよ。その根拠は、目の前に出くわしたことから、決して逃げなかったからです。一旦、眼前に触れたものは、どこの所管などという括りは自己都合でしかない。こいつにはこれからもずっと、誇りを持ってデカを続けさせたい。後悔はさせたくないんです」
秋川は既にメモとペンをテーブルに置き、腕組みしている碓井の目をしっかり捉らえ、相手の反応を待った。
その間、およそ10秒強…。
碓井は腕組みをほどき、その手を両膝に当てると、肩で深呼吸を済ませ、そのままの表情で口を開いた。
「…秋川さん、あなたはずるい。最初にご自分のヤマの諸事情まで私に告げてから、デカの誇りのあるなしを突き付けるなんて」
どうやら、渾身を込めた秋川のナマの言葉は、若干年長であろう信州のデカの心にも届いたようだった。
その時だった…。
”ブブーッ、ブブーッ、ブブーッ…”
目の前のテーブルに置いてあった秋川のケータイが着信のバイブ音で揺れていた。
...
「あ…、ちょっと失礼します…」
秋川は、発信の主が向井月枝だと確認してから電話に出た。
咄嗟の判断で、秋川は室外に出ず、碓井の目の前で話すことにしたのだ。
「…そうですか、律子さんが…。それはよかった。…わかりました、では、12時前にはN所を出て向井邸に向かいますので…。向井さん、ありがとうございました」
電話を切る間際、秋川は深く頭を下げて、今の電話の主に心からの感謝を気持ちを捧げた。
隣の新田は”フーッ”とほっとしたように一息吐き、よかったよかったよかったといった様子で小さく何度もうなずいている。
「…どうやらアポが取れたようですな」
一方の碓井は今度は心持ち笑顔で言葉を発した。
「はい。私もそう確信しています。彼とは私が6歳の時、岐阜の神社で出会っています。無意識のなかで…。でも、そこで彼には命を救ってもらったんです。彼が身代わりなってくれた。その時、私が祐ちゃんと呼んでお礼を言った彼は、今の私には、祐二さんの命がこの世から消えたその瞬間の彼に思えてなりません」
「うん、そうなのかもねえ…。とても不思議で、現実には考えられないことだけど。律子さん…、ここであなたに言わなくちゃ。千葉で事件が起きたそうよ。あなたがアパートを出た夜、隣の部屋に住む若い男性が死んだわ。その人とあなた、ちょっとトラブルがあったんでしょ?直前には白い煙と死臭のような悪臭の証言もあったらしいし。…警察は他殺の可能性が高いって捜査してるわよ」
「月枝さん!それって…」
もう律子はあまりの驚きに、座布団に膝を立てて半腰状態になっていた。
「今朝ここへ来る前、千葉から静町にきた刑事さんに会ったの。それで、この手紙も読んでもらったわ」
「…」
”隣の覗き魔が死んだの?それに、千葉の警察が私より先に祐二さんの手紙を読んでいたなんて…”
正直、律子の頭は混乱していた。
...
しかし月枝は穏やかな表情のまま、律子をまるで包み込むように”説明”を継続した。
「千葉の秋川さんっていう刑事さん、あなたをとても心配している様子だった。いろんな意味を含めてでね。あなたのお母さんとも連絡を取りあってるそうよ。無論、会いたがってるわ、あなたに。ちょうど今の時間、N市の警察に行って、祐ちゃんの自殺の件を確認しているはずだから、…どうかしら、ここに来てもらって、話をしてみては」
「でも…、きっと私疑われてます」
この言葉を月枝は予期していたのか、ちょっと苦笑をこぼして、一段と優しい口調で律子に語りかけた。
「その刑事さん、あなたの親戚にも会って、その神社で祐ちゃんって、実在しない子と遭遇したことも承知していたわ。私にははっきり言わなかったけど、その子が”ここの祐ちゃん”と関連があるかも知れないってことも、頭から否定はしていないような感じだったわ。だから…」
「あのう…、私…」
律子は下唇を噛んで、潤んだ目で一生懸命、月枝の気持ちに応えようとするのだが、思うように言葉が出なかった…。
...
秋川の”詰める”相手である、目の前の”同業者”は、思いのほか手ごわかった。
「…それでは、最後にこれだけは聞いて下さい。私は以前一度だけだが、”別部屋”に飛ばしたヤマを経験しています。そりゃあ、その決断までは苦しんだ。のたうちまわる思いでしたよ。それを、この新田が今まさに味わっています」
薄井は新田の方を向いて、一度目を合わせた。
無論、同じ刑事としての立場で、秋川の言う”苦悩”を新田から感じ取ったに違いない。
「…私は”別部屋”以降、デカとしての誇りを更に強く持つことができたんですよ。その根拠は、目の前に出くわしたことから、決して逃げなかったからです。一旦、眼前に触れたものは、どこの所管などという括りは自己都合でしかない。こいつにはこれからもずっと、誇りを持ってデカを続けさせたい。後悔はさせたくないんです」
秋川は既にメモとペンをテーブルに置き、腕組みしている碓井の目をしっかり捉らえ、相手の反応を待った。
その間、およそ10秒強…。
碓井は腕組みをほどき、その手を両膝に当てると、肩で深呼吸を済ませ、そのままの表情で口を開いた。
「…秋川さん、あなたはずるい。最初にご自分のヤマの諸事情まで私に告げてから、デカの誇りのあるなしを突き付けるなんて」
どうやら、渾身を込めた秋川のナマの言葉は、若干年長であろう信州のデカの心にも届いたようだった。
その時だった…。
”ブブーッ、ブブーッ、ブブーッ…”
目の前のテーブルに置いてあった秋川のケータイが着信のバイブ音で揺れていた。
...
「あ…、ちょっと失礼します…」
秋川は、発信の主が向井月枝だと確認してから電話に出た。
咄嗟の判断で、秋川は室外に出ず、碓井の目の前で話すことにしたのだ。
「…そうですか、律子さんが…。それはよかった。…わかりました、では、12時前にはN所を出て向井邸に向かいますので…。向井さん、ありがとうございました」
電話を切る間際、秋川は深く頭を下げて、今の電話の主に心からの感謝を気持ちを捧げた。
隣の新田は”フーッ”とほっとしたように一息吐き、よかったよかったよかったといった様子で小さく何度もうなずいている。
「…どうやらアポが取れたようですな」
一方の碓井は今度は心持ち笑顔で言葉を発した。