息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者の葛藤/その9
秋川は携帯をテーブルに置き、やや間をおいてから答えた。
「…ええ。津藤律子は、自分と隣人トラブルを抱えている男が死んだことは知らなかったんです。それを今日、向井さんに話してもらいました。その上で、このヤマを追っている千葉から来た私達、警察の者と会うことを了解してくれたそうです。向井祐二の手紙を読んだ後に…」
碓井からはまた笑顔が消え、やれやれと言った顔つきだった。
”いくら協力的な関係者とはいえ、外部の人間に捜査内容を告げさせるなんて…”
碓井は同じ警察官として、セオリーに外れることも大胆にやり遂げてしまう同業者に抵抗を感じながらも、デカとしての情熱、そして人として熱く通う血を感じ取ることはできた。
「…碓井さん、向井祐二のその手紙には自分があの世へ行った後、誰か人が死ぬかもしれないとも書かれていたんです。律子を思うが故、祐二は死んだ後の自分自身がそういう事態を願う余地を予感して…」
「…」
碓井には秋川の言いたいことが伝わっていた。
それは厳密には、ふたつのメッセージが込められていることも…。
...
「また、後出しじゃんけんですな。全く、あなたには参った。ここまで聞かされたら、いくら私がセオリーに忠実をモットーとする警察官でも、まだ事件が起こってないから警察はタッチできないとは、さすがに言いきれません。例え後出しでも無視はしない…」
さすがにベテラン刑事である薄井は、自分が折れる際の相手への皮肉には怠りなかった。
「…わかりました。今日はあくまで向井月枝さんに、祐二さんの遺体を引きとっていただいた後の事後確認をやり取りするという名目で向井邸に行きましょう。それでよろしいですか?」
「ええ、その目的で十分です。向こうで偶然、千葉と長野が一緒に居合わせた。それでもかまわんつもりでお願いに伺ったんですから、ハハハ…」
秋川を受けて、他の二人もひと時、笑いをこぼしていた…。
...
午前11時50分…。
「よし、お前の車一台で行こう」
「了解です」
秋川と新田はN警察の駐車場を出た。
静町尾隠しまではおよそ35分。
ナビの隠山トンネル付近到着の予想時刻は、午後12時31分だった。
...
「…しかし、碓井刑事とのやり取りはヒリヒリするほど緊迫感がありましたよ。秋川さんの剛腕ぶりはさすがですね。デカ同士の信念とプライドのぶつけ合いかあ…。今日は勉強させてもらいました」
ハンドルを握る新田はまだ興奮気味だったが、助手席の秋川はこれをさらっと受け流し、やや硬い表情で新田に言った。
「…新田、これから向井邸で向井さんと律子さんに会うのは俺たち二人、後からN署の碓井さんが加わり合計5人ってことだが、実際はそこにゲストが加わる。これから、そのアタマで立ち会ってもらいたい。何が起こったとしても…」
「えっ、あのう…。それって、まさか‥」
「そうさ、あのバイクだよ。まあ、実質は向井祐二だ」
「秋川さん!」
運転中の新田は思わず声を荒げて秋川に顔を向け、勘弁して欲しいと言わんばかりに目で訴えていた。
...
秋川はあえてこれも軽くスルーし、さらに新田を挑発するかのように話を続けた。
「お前もまず、あの手紙を読ませてもらえ。いいか、これはあくまで俺の仮説だが、お前にはあえて今言っておくぞ。…おそらく祐二は、死んだその瞬間、何もかもわかったんじやねえかな。生前は漠然としていたことがくっきりと掌握できたってとこで…。そして死んだ後、その認識に基づいて”行動”した。だが、そこには激しい葛藤を伴っている気がするんだ…」
「…あのう、いくら何でも、現役の刑事が死んだ人間の葛藤だなんて…。そういう類にまともに反応してたら、捜査の根本がなし崩されます!」
新田の言い分は至極まっとうで、秋川も異論などなかった。
通常であれば…。
「じゃあ、新田、お前に聞くぞ。さっきの調書にあった、向井祐二の死亡推定時刻言ってみろ」
「ええと、確か午前11時から午後1時でしたね」
「信金で発煙騒ぎが起こったのは?」
「監視カメラのタイムカウンターと職員の証言では、11時45分から50分の間でしたかね…」
「そうさ、ほぼ同時刻だ。いや、俺的にはぴたり一致と捉えてる」
「えっ…、秋川さん、何が言いたいんですか?」
「俺はよう、その時間的一致が見過ごせないんだ。仮に呪いとか霊的作用を含めた超常現象をありとしたならだ、鼻が曲がるような腐臭ってよう、向井祐二が死んだ瞬間の吐息って仮説も成り立つ。ならばだ、前提はその時点でのエネルギーの発散だ」
「…」
秋川は前方から目をずらさなかったが、運転席の新田が目を点にしているのは手に取るようにわかっていた。
秋川は携帯をテーブルに置き、やや間をおいてから答えた。
「…ええ。津藤律子は、自分と隣人トラブルを抱えている男が死んだことは知らなかったんです。それを今日、向井さんに話してもらいました。その上で、このヤマを追っている千葉から来た私達、警察の者と会うことを了解してくれたそうです。向井祐二の手紙を読んだ後に…」
碓井からはまた笑顔が消え、やれやれと言った顔つきだった。
”いくら協力的な関係者とはいえ、外部の人間に捜査内容を告げさせるなんて…”
碓井は同じ警察官として、セオリーに外れることも大胆にやり遂げてしまう同業者に抵抗を感じながらも、デカとしての情熱、そして人として熱く通う血を感じ取ることはできた。
「…碓井さん、向井祐二のその手紙には自分があの世へ行った後、誰か人が死ぬかもしれないとも書かれていたんです。律子を思うが故、祐二は死んだ後の自分自身がそういう事態を願う余地を予感して…」
「…」
碓井には秋川の言いたいことが伝わっていた。
それは厳密には、ふたつのメッセージが込められていることも…。
...
「また、後出しじゃんけんですな。全く、あなたには参った。ここまで聞かされたら、いくら私がセオリーに忠実をモットーとする警察官でも、まだ事件が起こってないから警察はタッチできないとは、さすがに言いきれません。例え後出しでも無視はしない…」
さすがにベテラン刑事である薄井は、自分が折れる際の相手への皮肉には怠りなかった。
「…わかりました。今日はあくまで向井月枝さんに、祐二さんの遺体を引きとっていただいた後の事後確認をやり取りするという名目で向井邸に行きましょう。それでよろしいですか?」
「ええ、その目的で十分です。向こうで偶然、千葉と長野が一緒に居合わせた。それでもかまわんつもりでお願いに伺ったんですから、ハハハ…」
秋川を受けて、他の二人もひと時、笑いをこぼしていた…。
...
午前11時50分…。
「よし、お前の車一台で行こう」
「了解です」
秋川と新田はN警察の駐車場を出た。
静町尾隠しまではおよそ35分。
ナビの隠山トンネル付近到着の予想時刻は、午後12時31分だった。
...
「…しかし、碓井刑事とのやり取りはヒリヒリするほど緊迫感がありましたよ。秋川さんの剛腕ぶりはさすがですね。デカ同士の信念とプライドのぶつけ合いかあ…。今日は勉強させてもらいました」
ハンドルを握る新田はまだ興奮気味だったが、助手席の秋川はこれをさらっと受け流し、やや硬い表情で新田に言った。
「…新田、これから向井邸で向井さんと律子さんに会うのは俺たち二人、後からN署の碓井さんが加わり合計5人ってことだが、実際はそこにゲストが加わる。これから、そのアタマで立ち会ってもらいたい。何が起こったとしても…」
「えっ、あのう…。それって、まさか‥」
「そうさ、あのバイクだよ。まあ、実質は向井祐二だ」
「秋川さん!」
運転中の新田は思わず声を荒げて秋川に顔を向け、勘弁して欲しいと言わんばかりに目で訴えていた。
...
秋川はあえてこれも軽くスルーし、さらに新田を挑発するかのように話を続けた。
「お前もまず、あの手紙を読ませてもらえ。いいか、これはあくまで俺の仮説だが、お前にはあえて今言っておくぞ。…おそらく祐二は、死んだその瞬間、何もかもわかったんじやねえかな。生前は漠然としていたことがくっきりと掌握できたってとこで…。そして死んだ後、その認識に基づいて”行動”した。だが、そこには激しい葛藤を伴っている気がするんだ…」
「…あのう、いくら何でも、現役の刑事が死んだ人間の葛藤だなんて…。そういう類にまともに反応してたら、捜査の根本がなし崩されます!」
新田の言い分は至極まっとうで、秋川も異論などなかった。
通常であれば…。
「じゃあ、新田、お前に聞くぞ。さっきの調書にあった、向井祐二の死亡推定時刻言ってみろ」
「ええと、確か午前11時から午後1時でしたね」
「信金で発煙騒ぎが起こったのは?」
「監視カメラのタイムカウンターと職員の証言では、11時45分から50分の間でしたかね…」
「そうさ、ほぼ同時刻だ。いや、俺的にはぴたり一致と捉えてる」
「えっ…、秋川さん、何が言いたいんですか?」
「俺はよう、その時間的一致が見過ごせないんだ。仮に呪いとか霊的作用を含めた超常現象をありとしたならだ、鼻が曲がるような腐臭ってよう、向井祐二が死んだ瞬間の吐息って仮説も成り立つ。ならばだ、前提はその時点でのエネルギーの発散だ」
「…」
秋川は前方から目をずらさなかったが、運転席の新田が目を点にしているのは手に取るようにわかっていた。