息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
共振/その8
二人の刑事に声をうつろに聞いていた律子は、しばらくすると瞼を閉じた。
そして、新田は腕の中で律子の上半身から力が抜けたのを感じた。
「律子さん‼」
秋川もすぐにそれに気付き、彼女の名を叫んだ。
律子の首はガクッという感じで後ろに反れ、思わず新田は律子が崩れ落ちないようにと、自らの胸に引き寄せた。
「律子さん、どうしました⁉」
「しっかり!…律子さん‼」
秋川と新田は途切れることなく律子の名を叫び、体を優しくさすることを繰り返した。
一方のバイク脇では、碓井と住人数人が石毛の容体を心配そうに見守っている…。
...
「うぐーっ‼うーっ…うう…」
「石毛さん、どうですか⁉少しは楽になりましたか?」
「うう…、うう…。締め付けられたんじゃ、柔らかいが縄のようなもので…。息ができなかった。ふう…、今さっき、それは離れたようですわ、刑事さん」
80を過ぎた老人も、どうやら窒息死から免れ、命を長らえたその実感が湧いたせいか、その陰険な目つきも心持ち生気を含ませていた。
「秋川さん!石毛さんの息が落ち着きましたよ。煙も収まってきたようだ…。そちらはどうですか?」
「彼女は気を失っているようです。煙が消えた途端でした」
「…」
「…」
二人は約8メートルの距離を置いていたが、お互いに無言で視線を交わしあった。
「…じゃあ、私は石毛さんを家へ連れて行きますので、ここ、いいですか?」
「ええ、ここは承知しましたので、お願いします…!」
石毛老人は碓井と住人の二人に両脇を抱えられながら、向井邸を去って行った。
...
「律子さん…」
今起こった、信じられないような出来事の一部始終を庭先で目の当たりしていた月枝が、両手で口を押えながら縁側に戻ると、恐る恐るといった感じで律子を覗き込んだ。
「刑事さん…、律子さんは大丈夫なんでしょうか?」
「脈もしっかりしてるし、今は気を失ってるだけだと思います。おそらく自己催眠のような状態に陥ったのかもしれない。煙が出て収まるまでの間…」
秋川はそう言ってバイクの方に目を向けると、新田と月枝もそれに倣った。
...
その後、1分もすると律子は目を開けた。
「律子さん、大丈夫ですか⁉」
「ええ…。あのう、私…、意識が遠いところに行ってたみたいで…。でも、刑事さん二人の声は何度も聞こえて…。そのおかげで引き戻されたような感じかな…」
「うん…。たぶん、あなたの心と耳には、俺よりもこの新田の馬鹿でかい声の方がしっかり届いたんだと思う。こいつがあなたを引き戻してきたんです」
「…新田さん、ありがとうございます!私…、たぶんギリギリだったと思うんです。さっきの私、”どっち”に行っても、不思議じゃなかったような気がします…」
「津藤さん…‼」
新田は熱い思いがこみ上がり、腕の中でもたれる律子が穏やかに語りかけてくる現実が嬉しくてたまらなかった。
「よかった…。律子さん、苦しかったでしょうに、ねえ…。祐ちゃんの手紙の願いも遂げられたと思うわ」
祐二の義理の叔母、月枝も目を潤ませていた。
この光景を目を細めてじっと眺めていた秋川の胸中には、何が去来しただろうか…。
...
しばらくの間をおいた後、秋川は切り出した。
「月枝さん、律子さん…。まず、お二人にはお詫びしたい。今、我々の眼前で起こった現象は私が誘導したんです。集落のリーダー格であるあの老人をけしかけ、律子さんに怒りの限界を超えさせようと図りました。そして、みんなの前で発煙と悪臭のあの現象を起こさせて、あわよくば、祐二さんと律子さんが交信なりでどんな事態をもたらすかを目撃できると、そういう意図でした。しかも、N署の碓井刑事がここへ来ることも計算してです」
「秋川さん…!」
真っ先に後輩の新田が反応した。
「…一歩間違えれば、ここで死人が出てた。…そんな危険も承知の上でした。私は意識して皆さんを危ない目に遭わせたんだ。刑事として失格です。申し訳ありませんでした」
秋川は姿勢を正し、直立不動で、みなの前に頭を深く下げた。
「刑事さんの判断は間違っていませんでしたよ。みんなの見ている前ではっきりさせて、かえってよかったんじゃないですかね。…でも、あの煙とか、律子さんと祐ちゃんのつながりで何か起こるとか、これでもう終わったんでしょうか?」
この月枝の疑問は、ここにいる全員の心にひっかかっていた言葉を代弁したと言えた。
二人の刑事に声をうつろに聞いていた律子は、しばらくすると瞼を閉じた。
そして、新田は腕の中で律子の上半身から力が抜けたのを感じた。
「律子さん‼」
秋川もすぐにそれに気付き、彼女の名を叫んだ。
律子の首はガクッという感じで後ろに反れ、思わず新田は律子が崩れ落ちないようにと、自らの胸に引き寄せた。
「律子さん、どうしました⁉」
「しっかり!…律子さん‼」
秋川と新田は途切れることなく律子の名を叫び、体を優しくさすることを繰り返した。
一方のバイク脇では、碓井と住人数人が石毛の容体を心配そうに見守っている…。
...
「うぐーっ‼うーっ…うう…」
「石毛さん、どうですか⁉少しは楽になりましたか?」
「うう…、うう…。締め付けられたんじゃ、柔らかいが縄のようなもので…。息ができなかった。ふう…、今さっき、それは離れたようですわ、刑事さん」
80を過ぎた老人も、どうやら窒息死から免れ、命を長らえたその実感が湧いたせいか、その陰険な目つきも心持ち生気を含ませていた。
「秋川さん!石毛さんの息が落ち着きましたよ。煙も収まってきたようだ…。そちらはどうですか?」
「彼女は気を失っているようです。煙が消えた途端でした」
「…」
「…」
二人は約8メートルの距離を置いていたが、お互いに無言で視線を交わしあった。
「…じゃあ、私は石毛さんを家へ連れて行きますので、ここ、いいですか?」
「ええ、ここは承知しましたので、お願いします…!」
石毛老人は碓井と住人の二人に両脇を抱えられながら、向井邸を去って行った。
...
「律子さん…」
今起こった、信じられないような出来事の一部始終を庭先で目の当たりしていた月枝が、両手で口を押えながら縁側に戻ると、恐る恐るといった感じで律子を覗き込んだ。
「刑事さん…、律子さんは大丈夫なんでしょうか?」
「脈もしっかりしてるし、今は気を失ってるだけだと思います。おそらく自己催眠のような状態に陥ったのかもしれない。煙が出て収まるまでの間…」
秋川はそう言ってバイクの方に目を向けると、新田と月枝もそれに倣った。
...
その後、1分もすると律子は目を開けた。
「律子さん、大丈夫ですか⁉」
「ええ…。あのう、私…、意識が遠いところに行ってたみたいで…。でも、刑事さん二人の声は何度も聞こえて…。そのおかげで引き戻されたような感じかな…」
「うん…。たぶん、あなたの心と耳には、俺よりもこの新田の馬鹿でかい声の方がしっかり届いたんだと思う。こいつがあなたを引き戻してきたんです」
「…新田さん、ありがとうございます!私…、たぶんギリギリだったと思うんです。さっきの私、”どっち”に行っても、不思議じゃなかったような気がします…」
「津藤さん…‼」
新田は熱い思いがこみ上がり、腕の中でもたれる律子が穏やかに語りかけてくる現実が嬉しくてたまらなかった。
「よかった…。律子さん、苦しかったでしょうに、ねえ…。祐ちゃんの手紙の願いも遂げられたと思うわ」
祐二の義理の叔母、月枝も目を潤ませていた。
この光景を目を細めてじっと眺めていた秋川の胸中には、何が去来しただろうか…。
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しばらくの間をおいた後、秋川は切り出した。
「月枝さん、律子さん…。まず、お二人にはお詫びしたい。今、我々の眼前で起こった現象は私が誘導したんです。集落のリーダー格であるあの老人をけしかけ、律子さんに怒りの限界を超えさせようと図りました。そして、みんなの前で発煙と悪臭のあの現象を起こさせて、あわよくば、祐二さんと律子さんが交信なりでどんな事態をもたらすかを目撃できると、そういう意図でした。しかも、N署の碓井刑事がここへ来ることも計算してです」
「秋川さん…!」
真っ先に後輩の新田が反応した。
「…一歩間違えれば、ここで死人が出てた。…そんな危険も承知の上でした。私は意識して皆さんを危ない目に遭わせたんだ。刑事として失格です。申し訳ありませんでした」
秋川は姿勢を正し、直立不動で、みなの前に頭を深く下げた。
「刑事さんの判断は間違っていませんでしたよ。みんなの見ている前ではっきりさせて、かえってよかったんじゃないですかね。…でも、あの煙とか、律子さんと祐ちゃんのつながりで何か起こるとか、これでもう終わったんでしょうか?」
この月枝の疑問は、ここにいる全員の心にひっかかっていた言葉を代弁したと言えた。