息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
共振/その9
「わかりません…。一介の刑事である自分などには到底…。今日、病院で亡くなったという住人の方の件も、まずは確認しないといけないし…。でも、”起こったこと”の事実は多くの人の前で残せました。まだこれで決着がついていないにしても、今後は様々な”知恵”を得られる…」
月枝の疑問には、自らの頭の中を整理しながら、秋川は慎重に言葉を選んで答えていた。
「…その一端が、先ほどの我々が言う”別部屋”の選択肢だが、今日、こういうところまで持って行けたんであれば、無理には急がなくてもいいという気持ちもあります。津藤さん、先ほどは強引に急くような言い方をしてすいませんでした」
「いいえ。刑事さんの考えは何となく…、でしたから(苦笑)」
この律子の反応に、新田以外はクスクスと笑いあっていた。
”参った…。秋川さんは今日、リスクを承知で自分の仮説を試すことに刑事生命をかけたんだ…。仮にそれが不発だった場合、新たな犠牲者を出さないことを第一に考え、”別部屋”の打診を律子にはハイプレッシャーで迫った。それは、もう一つの想定に備えた伏線の意味があった訳か…”
滝沢太一の捜査は行き詰まっているとはいえ、たかだか数日で”方針”を定めるのは、刑事事件を追う警察官の職務を放棄する行為だという自分の認識は、この秋川も同様であったことを新田は改めて確信した。
...
ここで碓井が戻り、ひと通りの確認事項を話し合った後、向井邸を出ることにした。
午後1時45分…、向井月枝は祐二の密葬の為、そのまま群馬へ直帰し、3人の刑事はN署で今後を含めた詳しい打ち合わせをすることにして、律子にも同行の了解をとった。
”なにしろ、新たに住人の一人が死んだという事実はあるんだ。それが滝沢と同様であれば、俺は犠牲者を増やすことを防げなかったことになる。まずは現場の状況を聴き得て、それからだ…”
少し明るくなった気分に、またどんよりとした雲が覆ったのを秋川は実感せざるを得なかった。
...
「うーん、これは…‼律子さんの隣人と極めて酷似しているな」
”まあ、実際は全く一緒だが…”
N署に戻り、尾隠しの住人が入院していた病院のトイレで窒息死していた現場の状況は、予想が”的中”してしまったせいか、3人の表情は硬かった。
「ふう…、ガイシャの首にはひもか何かで締め付けられた跡があり、現場である病院の男子トイレ個室には、内鍵がかかっていた…。自殺の線も否定できないが、この現場の状況では断定できる材料が全くない。まあ、おたくのヤマと違って、こっちはトイレの個室ということで、天井とドアの間に開口部があるから、実際はそこからなら事件前後の出入りは可能ではあるが…」
碓井は困惑の表情を隠せなかった。
なにしろ、向井邸で”アレ”の現場をモロに自分の目で見てしまったのだ。
自ら撮影した、動画で音声付のデータも残っている。
かつ、石毛老人の首についた絞めつけ跡、本人の証言はもとより、なによりも煙が発生してる場に刑事である自分が居合わせ、コトはその目の前で起こったのだ。
今の碓井には、尾隠しの集落に出向く前に秋川が口にした、”目の前に出くわした現実”という言葉が重くのしかかっていた。
科学的に説明できない不思議な現象も、大勢の見ている前で起こったことであるならば、それはたとえ超常現象の括りであったとしても、”現実”であり、警察の捜査上、スルーすることはできない。
まずは”それ”と、捜査上で向き合わなければならない。
その結果、どう捉えるかということになるのだ。
少なくとも、千葉の事案とリンクさせるのを避けられないことは、この時点で碓井も十分自覚していた。
碓井の頭の中では、整然とこの理論立てはできていた。
それだけに、現役の刑事である彼の胸中は、なんともやるせなかったに違いない。
「わかりません…。一介の刑事である自分などには到底…。今日、病院で亡くなったという住人の方の件も、まずは確認しないといけないし…。でも、”起こったこと”の事実は多くの人の前で残せました。まだこれで決着がついていないにしても、今後は様々な”知恵”を得られる…」
月枝の疑問には、自らの頭の中を整理しながら、秋川は慎重に言葉を選んで答えていた。
「…その一端が、先ほどの我々が言う”別部屋”の選択肢だが、今日、こういうところまで持って行けたんであれば、無理には急がなくてもいいという気持ちもあります。津藤さん、先ほどは強引に急くような言い方をしてすいませんでした」
「いいえ。刑事さんの考えは何となく…、でしたから(苦笑)」
この律子の反応に、新田以外はクスクスと笑いあっていた。
”参った…。秋川さんは今日、リスクを承知で自分の仮説を試すことに刑事生命をかけたんだ…。仮にそれが不発だった場合、新たな犠牲者を出さないことを第一に考え、”別部屋”の打診を律子にはハイプレッシャーで迫った。それは、もう一つの想定に備えた伏線の意味があった訳か…”
滝沢太一の捜査は行き詰まっているとはいえ、たかだか数日で”方針”を定めるのは、刑事事件を追う警察官の職務を放棄する行為だという自分の認識は、この秋川も同様であったことを新田は改めて確信した。
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ここで碓井が戻り、ひと通りの確認事項を話し合った後、向井邸を出ることにした。
午後1時45分…、向井月枝は祐二の密葬の為、そのまま群馬へ直帰し、3人の刑事はN署で今後を含めた詳しい打ち合わせをすることにして、律子にも同行の了解をとった。
”なにしろ、新たに住人の一人が死んだという事実はあるんだ。それが滝沢と同様であれば、俺は犠牲者を増やすことを防げなかったことになる。まずは現場の状況を聴き得て、それからだ…”
少し明るくなった気分に、またどんよりとした雲が覆ったのを秋川は実感せざるを得なかった。
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「うーん、これは…‼律子さんの隣人と極めて酷似しているな」
”まあ、実際は全く一緒だが…”
N署に戻り、尾隠しの住人が入院していた病院のトイレで窒息死していた現場の状況は、予想が”的中”してしまったせいか、3人の表情は硬かった。
「ふう…、ガイシャの首にはひもか何かで締め付けられた跡があり、現場である病院の男子トイレ個室には、内鍵がかかっていた…。自殺の線も否定できないが、この現場の状況では断定できる材料が全くない。まあ、おたくのヤマと違って、こっちはトイレの個室ということで、天井とドアの間に開口部があるから、実際はそこからなら事件前後の出入りは可能ではあるが…」
碓井は困惑の表情を隠せなかった。
なにしろ、向井邸で”アレ”の現場をモロに自分の目で見てしまったのだ。
自ら撮影した、動画で音声付のデータも残っている。
かつ、石毛老人の首についた絞めつけ跡、本人の証言はもとより、なによりも煙が発生してる場に刑事である自分が居合わせ、コトはその目の前で起こったのだ。
今の碓井には、尾隠しの集落に出向く前に秋川が口にした、”目の前に出くわした現実”という言葉が重くのしかかっていた。
科学的に説明できない不思議な現象も、大勢の見ている前で起こったことであるならば、それはたとえ超常現象の括りであったとしても、”現実”であり、警察の捜査上、スルーすることはできない。
まずは”それ”と、捜査上で向き合わなければならない。
その結果、どう捉えるかということになるのだ。
少なくとも、千葉の事案とリンクさせるのを避けられないことは、この時点で碓井も十分自覚していた。
碓井の頭の中では、整然とこの理論立てはできていた。
それだけに、現役の刑事である彼の胸中は、なんともやるせなかったに違いない。