息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
別部屋/その3
「…祐二さんがそれを望んでる…。彼から届いた手紙に書き残された願いにつながることだと、そう考えたからじゃないですかね」
秋川はあえて端的に告げた。
「…」
「途中まで話したことだが、仮に別部屋で、死後の自分が津藤さんを愛する気持ちから滝沢さんを殺したと、超常現象ありでの”推測結果”が残ったとしても、それで祐二さんの尊厳が傷つくものではないと、月枝さんも確信しておられるんだと思う。少なくとも罪を問われるかどうかからすれば、答えは明らかですし」
「でも、本当にそうでしょうか…」
そう答える律子の表情に目をやる秋川は、彼女の胸中を察すると不憫に思えて仕方なかった。
”二人はもう二度と会えないんだ。少なくともこの世では…。なのに、彼女は、おそらく死ぬまで向井裕二の存在を抱きながら生きていくことになるんだろう。そのことを、律子自身も予感してるんだろう。ふう…、たまらん…”
秋川は無言で大きなため息を吐き出したあと、律子へこう答えた。
「あの手紙からは、自分が死んだあと、自分の強い思いで愛する人を苦しめたくないと願う切なる気持ちが痛いほど伝わった。これって、尊い気持ちだと思いますよ、私は。一方で、そんなにまで強い思いならば、死んだあとではなく、勇気を持って生き抜く力に注いで欲しかった…。そう思うと残念でたまらない」
この言葉に、律子も新田も神妙そうに頷いていた…。
...
「…私は過去に一度、担当した事件を別部屋に送った経験があるんです。その経験から、警察捜査では解明できない超常現象が絡む事件は、貴重な事実として後世に残すべきだと考えるようになりました」
思わず、秋川の顔に向かっていた律子の目が大きく見開いた。
彼が”経験者”であることは予想できたが、現役のベテラン刑事の口からこうもはっきりと超常現象を認めるような”言葉”をじかに聞くことには、なにしろ驚きだったのだ。
「…共通要因を孕んだ事件が発生した際、その類の現象を信じる信じないなどを飛び越えて何らかの参考にできれば、更なる犠牲者を増やさない一助になるかもしれない。…向井邸の庭で私が試みたことも、今言った海外の事例をヒントにした面はありますから…」
「私の事件も事実事例として残せば、将来、国境を超えて犠牲者になるべき人が助かるかも知れないのかしら…」
この時の律子は深い目をして、呟くようだった。
「津藤さん、今日病院で亡くなった尾隠しの住民は、滝沢さんの現場と状況が酷似していました。その後、石毛老人がああいった事態になったが、今日のところは無事だった。だが…、月枝さんの言ったように、果たしてこれで”終わった”のかどうかはクエスチョンです。何か異変があれば、すぐに連絡してください。N署とも今後の連携はとっていくことになりましたし…」
「わかりました。秋川刑事、新田刑事…、本当にお世話になりました。お二人が担当じゃなかったら、今日も”違う結果”になっていたと思います。ありがとうございました」
ここで律子は椅子から立ち上がり、二人へお辞儀してお礼を述べると、刑事二人も腰を上げ、同じく一礼した。
「一応、心配だから、無事に帰宅したら連絡してもらえますかね」
「はい…」
この時、午後4時半…。
秋川と新田はN署を出る律子の背中をじっと眺めていた。
先ほどまで非日常空間で必死に自分と戦っていた彼女の後ろ姿に、二人の刑事はいたたまれなさを抱かずにはいられなかった…。
...
「今頃、祐二さんは骨になってるのか…。さよなら…」
N署庁舎前に止めてあるバイクのシートに手を触れながら、律子は囁くような声で”彼”との別れを告げていた…。
「…祐二さんがそれを望んでる…。彼から届いた手紙に書き残された願いにつながることだと、そう考えたからじゃないですかね」
秋川はあえて端的に告げた。
「…」
「途中まで話したことだが、仮に別部屋で、死後の自分が津藤さんを愛する気持ちから滝沢さんを殺したと、超常現象ありでの”推測結果”が残ったとしても、それで祐二さんの尊厳が傷つくものではないと、月枝さんも確信しておられるんだと思う。少なくとも罪を問われるかどうかからすれば、答えは明らかですし」
「でも、本当にそうでしょうか…」
そう答える律子の表情に目をやる秋川は、彼女の胸中を察すると不憫に思えて仕方なかった。
”二人はもう二度と会えないんだ。少なくともこの世では…。なのに、彼女は、おそらく死ぬまで向井裕二の存在を抱きながら生きていくことになるんだろう。そのことを、律子自身も予感してるんだろう。ふう…、たまらん…”
秋川は無言で大きなため息を吐き出したあと、律子へこう答えた。
「あの手紙からは、自分が死んだあと、自分の強い思いで愛する人を苦しめたくないと願う切なる気持ちが痛いほど伝わった。これって、尊い気持ちだと思いますよ、私は。一方で、そんなにまで強い思いならば、死んだあとではなく、勇気を持って生き抜く力に注いで欲しかった…。そう思うと残念でたまらない」
この言葉に、律子も新田も神妙そうに頷いていた…。
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「…私は過去に一度、担当した事件を別部屋に送った経験があるんです。その経験から、警察捜査では解明できない超常現象が絡む事件は、貴重な事実として後世に残すべきだと考えるようになりました」
思わず、秋川の顔に向かっていた律子の目が大きく見開いた。
彼が”経験者”であることは予想できたが、現役のベテラン刑事の口からこうもはっきりと超常現象を認めるような”言葉”をじかに聞くことには、なにしろ驚きだったのだ。
「…共通要因を孕んだ事件が発生した際、その類の現象を信じる信じないなどを飛び越えて何らかの参考にできれば、更なる犠牲者を増やさない一助になるかもしれない。…向井邸の庭で私が試みたことも、今言った海外の事例をヒントにした面はありますから…」
「私の事件も事実事例として残せば、将来、国境を超えて犠牲者になるべき人が助かるかも知れないのかしら…」
この時の律子は深い目をして、呟くようだった。
「津藤さん、今日病院で亡くなった尾隠しの住民は、滝沢さんの現場と状況が酷似していました。その後、石毛老人がああいった事態になったが、今日のところは無事だった。だが…、月枝さんの言ったように、果たしてこれで”終わった”のかどうかはクエスチョンです。何か異変があれば、すぐに連絡してください。N署とも今後の連携はとっていくことになりましたし…」
「わかりました。秋川刑事、新田刑事…、本当にお世話になりました。お二人が担当じゃなかったら、今日も”違う結果”になっていたと思います。ありがとうございました」
ここで律子は椅子から立ち上がり、二人へお辞儀してお礼を述べると、刑事二人も腰を上げ、同じく一礼した。
「一応、心配だから、無事に帰宅したら連絡してもらえますかね」
「はい…」
この時、午後4時半…。
秋川と新田はN署を出る律子の背中をじっと眺めていた。
先ほどまで非日常空間で必死に自分と戦っていた彼女の後ろ姿に、二人の刑事はいたたまれなさを抱かずにはいられなかった…。
...
「今頃、祐二さんは骨になってるのか…。さよなら…」
N署庁舎前に止めてあるバイクのシートに手を触れながら、律子は囁くような声で”彼”との別れを告げていた…。