息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
報告書X/その4


新田は秋川の顔をチラッと目にしてから、先輩刑事の主旨をかみ砕いているようだった。

”そうさ、ありのまま、自分の心に沿って吐き出せばいいんだ。真実を追及する純真な思いに従って…”

秋川はこういう場においてこそ、若い刑事のほとばしる感性を磨くにはむしろ絶好の好機だと、極めてポジティブに捉えていた。

「…では、いきなりですいませんが、もう終わりなんでしょうか?そちらの前提とする、もうこの世にいない祐二さんの念によって、犠牲者が出ることは…。捜査に当たっている自分からは、もうこれしかないんです!」

”新田…”

元ラガーマンである新田のこの一途な思いは、秋川の心に琴線を弾かせた。

浦井は一瞬、痙攣のような瞬きに両目を占拠されたが、すぐにモード修正を終えた。

「新田さん…、こちらもいきなりですいません。私共といたしましては、何とも言えない…。そこに留まります。力強いお答えをしたいのはやまやまなんですが…」

「そうですか…」

ここで秋川は間髪入れず、いくらかテンションをあげ早口で浦井に言った。

「浦井さん…。あなたの個人的見解かつ、希望的憶測が入ってもいいんで、もっと突っ込んで答えてやってくれませんか!あなたの口から、コイツへ直に…」

秋川が飲み込んだその後の言葉は、”別部屋行きでそれを聞かせてやれないければ、コイツに刑事を続けるさせるのはあまりに残酷だ”、だった…。

「…わかりました。私の私見が入りますが、新田さん、答えられる限度内でお話します。…結論は希望的要素を加味すれば、6:4です。その根拠の前に、一つだけ言いますが、向井さんの”情念”は呪いではない。そこを捉えてください、まず」

「はい…」

新田はまるでラグビー部のコーチのレクチャーに臨んでいるかのようだった。

...


「…近年のJホラーの影響もあってか、欧米なんかでも”呪い”という観念がグローバルスタンダードで浸透していますが、我々のネットワークでは旧来から、深い怨念を宿す悪霊なりが呪う対象に、一方的に作用を及ぼす結果だと捉えるスタンスには立っていません。あくまで、いわゆる呪いが仮に存在するにしても、それは相互作用として成立したケースを言い当てています」

「相互作用ですか…。要は恨みを持つ方、受ける方、共に成立要件を満たすことで初めて現象として起こり得ると言うんですね?一般的に言われる呪いなんかはその相互間でなりたっていると…」

とりあえず、ここは秋葉が間を取った。

「そうです。我々の解釈ではですけど…。今回ならA医師の参考供述はまさしく好例です。あの忌まわしいトンネルと近接する地蔵‥、そのまさに息が届くくらいの場所に、草木も眠る神聖な時間帯、30分あまりも酔っぱらった人間が”その”息を吐くまくった…。カラオケという、俗世間のヤニを吹き出したんです。ざっくり言って、精霊にとっては汚濁の精液をぶちまけられたに等しいとも言えます」

浦井はかなり過激な表現を用いたが、その語り口は至って平静だった。

...

「…そこで、現場の当事者3人のうち一人は全く無傷で、一人は本人が亡くなった。もう一人の歌を歌った張本人は、自分ではなく妻が死にました。このアンバランスさは何なのだということです…」

「…」

二人は思わず固まっていた。

「…津藤さんは、そこの点から逃げず、真向から勇気をもって立ち向かわれた。話は逸れますが、ここでお二人には申し上げたい。尾隠しの向井邸で、石毛さんが呼吸困難を起こしたが、幸い大事にな至らなかった…。これはあなた方二人の行動が、津藤さんに、向井さんの”決断”を思い留めさせた結果だと思うんです。おそらく、あの場に居合わせた刑事があなた方でなかったとしたら…、石毛老人はそこで絶命していた。私はそう考えています」

「浦井さん‼」

二人はさらに固まっていた…。




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