※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「まぁ、この子が『ハナ』様なの?」


 そう口にしたのはマリア様だった。
 とびきり美しい瞳を輝かせ、わたしのことを優しく見つめてくれる。なけなしの良心がズキズキ痛んだ。


(わたしは、あなたの婚約者を奪おうとしているのに)


 マリア様はわたしの汚い心なんて、思惑なんて絶対知らない。けれど、こんな風に笑顔を向けられる何てこと、絶対にあってはならない。


「そうです。可愛いでしょう?」


 キース様はそう言ってわたしの肩をそっと抱いた。


(ダメだよ、マリア様の前なのに)


 キース様は惚れ薬に操られているだけ。けれど、この場でそれを知っているのはわたしだけだ。


(顔が上げられない)


 マリア様の顔も、キース様の顔も見ることが出来なかった。
 ついこの間まで、ひたすら嬉しかった。楽しかった。こんな幸せがずっと続くと良いなぁって、そう思っていた。
 けれど今、わたしの胸は後悔で一杯だった。さっき向けられたマリア様の笑顔が、何度も何度も頭に過って、その度に絶望感で苦しくなる。


(被害者ぶるな、バカ)


 苦しいのはマリア様だ。わたしはあくまで加害者で、わたしが苦しいなんて言っちゃいけない。自分の欲を優先したからには、最後までエゴイストでいなければならない。
 頭上では、まだ会話が続いていたけど、わたしにはキース様たちが話している内容が一つも聞こえなかった。


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