※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
12.わたし達の関係に未来はない(1)
微睡の中、衣擦れの音に目を開ける。
空は未だ暗く、太陽は地平線の向こう側。鳥さえも目覚めていない時刻だ。
「もう行くの?」
「……ああ」
けれど、これがわたしの日常。
だって、今起きなければ――――これが最後になってしまうかもしれない。もう二度と会えないかもしれないんだもの。
「ごめん。本当はもっとゆっくりして行きたいんだけど」
困ったような微笑み。頭を優しく撫でられ、わたしは苦笑を浮かべる。
「分かっているから。気にしないで」
彼は未来のある貴族の令息。醜聞は避けなければならない。未亡人のわたしとは、根本的に違っているのだから。
「サロメ」
名前を呼ばれ、心臓が疼く。甘い口づけに酔いしれながら、目頭の熱を逃す。気を抜けば涙が零れ落ちてしまいそうだった。
「また来るよ」
「うん……待ってるわ、セオドア」
精一杯の微笑みを浮かべ、わたしはセオドアの後姿を見送った。
***
「信じられない。あなた、未だにこの家に居座るつもりなの?」
耳を塞ぎたくなるような金切声。不服気に顔を顰めた妹の姿に、わたしはそっとため息を吐く。
十八歳の時、わたしは五十歳も年上の資産家子爵に嫁いだ。
わたしのことを嫌っている義母と妹が纏めた政略結婚。わたしの意思が通る余地など全くなかった。幸い、夫はとても優しく、穏やかな良い人だったのだけど。
「子爵様は二年も前に亡くなったっていうのに……随分と面の皮が厚いのねぇ」
蔑むような言葉。良心がチクリと疼く。
わたし達夫婦の間に子は居ない。
本来なら、夫が亡くなった時点でわたしは実家に戻るべきだった。
けれど、義母と妹がそれを許さない。行き場を無くしたわたしが市井に降り、身売りをすることを期待していたらしい。
空は未だ暗く、太陽は地平線の向こう側。鳥さえも目覚めていない時刻だ。
「もう行くの?」
「……ああ」
けれど、これがわたしの日常。
だって、今起きなければ――――これが最後になってしまうかもしれない。もう二度と会えないかもしれないんだもの。
「ごめん。本当はもっとゆっくりして行きたいんだけど」
困ったような微笑み。頭を優しく撫でられ、わたしは苦笑を浮かべる。
「分かっているから。気にしないで」
彼は未来のある貴族の令息。醜聞は避けなければならない。未亡人のわたしとは、根本的に違っているのだから。
「サロメ」
名前を呼ばれ、心臓が疼く。甘い口づけに酔いしれながら、目頭の熱を逃す。気を抜けば涙が零れ落ちてしまいそうだった。
「また来るよ」
「うん……待ってるわ、セオドア」
精一杯の微笑みを浮かべ、わたしはセオドアの後姿を見送った。
***
「信じられない。あなた、未だにこの家に居座るつもりなの?」
耳を塞ぎたくなるような金切声。不服気に顔を顰めた妹の姿に、わたしはそっとため息を吐く。
十八歳の時、わたしは五十歳も年上の資産家子爵に嫁いだ。
わたしのことを嫌っている義母と妹が纏めた政略結婚。わたしの意思が通る余地など全くなかった。幸い、夫はとても優しく、穏やかな良い人だったのだけど。
「子爵様は二年も前に亡くなったっていうのに……随分と面の皮が厚いのねぇ」
蔑むような言葉。良心がチクリと疼く。
わたし達夫婦の間に子は居ない。
本来なら、夫が亡くなった時点でわたしは実家に戻るべきだった。
けれど、義母と妹がそれを許さない。行き場を無くしたわたしが市井に降り、身売りをすることを期待していたらしい。