※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
***


 それから数日後、アンナは一人、王宮のテラスを訪れていた。


「楽にしてくださいね。紅茶はお好きですか?」

「……ええ。ありがとうございます」


 エヴァレットは噂に違わない、ほんわかした雰囲気の美男子だった。人懐っこく親しみやすい笑顔に、優雅で穏やかな声。アンナは思わずドギマギしてしまう。
 これまでの婚約者候補たちは皆、ギラギラと瞳を光らせた自信家ばかりで。エヴァレットのようなタイプの人間と接する機会は、アンナには無かった。


「噂通り、アンナ様はとてもお美しいですね」

(当然ですわ)


 アンナは思わずそう答えそうになって、必死に口を噤んだ。両親や兄たちの教えが辛うじて生きている。小さく咳ばらいをしつつ、アンナは穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 本当はお返しにエヴァレットを讃えるべきなのだろうが、アンナには他人を褒めるという概念がない。上手く言葉が出てこなくて、アンナは小さく眉間に皺を寄せた。


「おまけに、アンナ様はとても博識でいらっしゃるそうですね。僕はあまり勉強が得意ではなくて――――」


 エヴァレットはそれから、色んな話題をアンナに振ってくれた。どんなに反応が乏しくても、アンナの好きそうな方向に話を持って行っては、言葉を引き出す努力をしてくれる。

 おまけにエヴァレットは、アンナに対して終始、低姿勢を崩さなかった。
 正式な王位継承権を持つ王族であるというのに、まるでアンナの方が上であるかのように振る舞い、常にニコニコと笑顔を忘れない。これにはアンナも、本気で驚いた。


「今日はアンナ様とお話ができて、とても楽しかったです」


 帰り際、エヴァレットはそう言ってアンナの手を握った。その途端、アンナは頬を真っ赤に染める。これまで、どの婚約者候補たちにも身体を触らせたこと等無かった。このため、こういったことには耐性が全く無い。心臓がバクバクと鳴り響き、顔は真顔で硬直していた。


「また、僕と会っていただけませんか?」

「……はい、喜んで」


 気づけば、アンナの口は勝手にそう動いていた。これまでの彼女にはとても考えられない受け答えだ。
 帰りの馬車に揺られている間もずっと、アンナは夢見心地だった。


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