※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
***


「すまなかった!」


 アグライヤは勢いよく頭を下げつつ、そう口にした。この場にいるのはアグライヤとヴァルカヌスの二人きり。話がしたいからと、他のメンバーには先に講義へと戻ってもらうことにしたのだ。


「アグライヤが謝る必要はないだろう」


 そう口にしつつ、ヴァルカヌスは眉間に皺を寄せる。


「いや……全てわたしが悪いんだ。ウェヌス様は元々ああいう方なのに、つい頭に血が上ってしまった。勢いであんなことを口にして、本当に悪かったと思っている」


 あの後ウェヌスは「そうと決まったら、早く皆に知らせないと」と言って、足早にその場を後にしてしまった。追いかけようとしたものの、ヴァルカヌス達に引き止められ、それっきりになってしまっている。


(そもそも婚約は家同士の話であって、当人同士の気持ちでどうにかなるようなものではない。というか今回は、わたしが勝手に婚約を宣言してしまっただけなのだし)


 しかし、顔の広いウェヌスのこと。このままでは明日にも噂が広まってしまう。アグライヤは泣きたい気分でヴァルカヌスを見上げた。


「とにかく、噂が広まらないようすぐに根回しをしよう。今すぐウェヌス様の所に行けば――――」

「いや……俺はこのままで良いと思う」


 その瞬間、アグライヤは驚きに目を見張った。ヴァルカヌスはいつものように、真顔で彼女のことを見つめている。何を考えているかよく分からない、淡々とした表情だ。


「――――嘘の噂が広がっても構わないというのか? だが、婚約を破棄されたばかりだというのにそんな噂を流されては……しばらく次の結婚相手が見つからないぞ?」

「嘘じゃなくて事実にすれば良いんだろう?」


 そう言ってヴァルカヌスはアグライヤの手を取った。太陽のように温かな手のひらがアグライヤを優しく包み込む。十年近く一緒に居て、初めて触れた互いの温もり。


「アグライヤ、俺と結婚しよう」


 その瞬間、アグライヤは小さく息を呑んだ。


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