※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「――――そんなに、アルバート様のことが好きだったんだ」


 エリオットは小さくため息を吐きながら、穏やかに微笑んだ。その瞬間、ぶわって涙が浮かび上がって、嗚咽が漏れた。抑えていた感情が爆発して、苦しくて堪らない。いっぱい頷きながら、わたくしはハンカチに顔を埋めた。


「好きだった! 大好きだった! あんなに人を好きになることはきっと、もう二度とないわ!」


 アルバートのことを思い出すと、心臓が痛くて堪らなかった。

 初めてアルバートに会った日のことは忘れもしない。大人びた表情にスマートな身のこなし、くりくりした大きな瞳にサラサラした金髪――――完璧な一目惚れだった。
 互いの両親も、婚約を前提でわたくしたちを引き合わせていたので、あとはもう流れに身を任せるだけで良かった。わたくしは12歳にして、アルバートの婚約者の地位を手に入れた。

 けれど、わたくしはどうしても、彼に対して微笑みかけることも、自分の想いを伝えることもできなかった。努力はしていたものの、彼に向けられるのは人形みたいな無表情ばかり。会話は普通に交わせても、肝心なことは何一つ伝えられていない。彼が婚約を破棄した責任はわたくしにあるのは明白だった。


「いやいや、確かにクリスにも責任があるかもしれないけどさ、悪いのは間違いなくアルバート様だと思うよ」

「そんなことない」

「だって、歩み寄りって大事じゃん。アルバート様はちゃんとクリスの気持ちを聞こうとしてくれた?」

「…………うん」


 多分、きっと、そう。アルバート様はいつも、小さな花束と共にわたくしに会いに来てくれた。微笑みすらもしないわたくしに呆れつつ、それでもポツリポツリと話題を振ってくださっていた。どれだけ面倒くさそうな表情をしていようと、何十回とため息を吐こうとも、暖簾に腕押し状態で頑張ってくださっていたのだと思う。


「でもさ、だからって浮気して婚約破棄していいって理由にはならなくない?」

「うっ……うぅっ…………!」


 エリオットは大変痛いところを突いてきた。
 アルバート様を責めたくなんてない。けれど、エリオットの言う通り、もしも順番が違えば、わたくしはここまで傷つかなくて良かったのかもしれない。ハンカチが再びジュワッと濡れた。


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