※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
(だって、十分幸せだもの)


 ジュールに名前を呼ばれるだけで、胸が喜びに打ち震える。手を繋げば身体中が熱くなるし、笑い掛けられればノエミも釣られて笑顔になる。
 だから、ジュールがノエミのことを好きだと――――それ以上のことを考える必要はない。



 けれど、時々――――ふとした時に、底知れぬ切なさが胸を襲った。


(羨ましいなぁ)


 クラスメイトが婚約者と笑い合っている時、二人で将来のことを話している時、ノエミはついついそんなことを考えてしまう。


 恋人はあくまで恋人。
 将来を約束したわけではない。


 貴族にとって結婚は家同士の契約だ。互いの感情だけで成り立ちはしない。貧乏伯爵家のノエミと侯爵令息であるジュールとでは釣り合いが取れないと分かっていた。




「ノエミ。これ、受け取ってくれる?」


 背後から抱き締めながら、ジュールはノエミの耳元に唇を寄せる。ノエミの目の前で鎖に繋がれた小さな宝石が微かに揺れ動いていた。


「これ……って」

「これを見て、いつも俺のことを思い出してほしいなぁって思って」


 まるでジュールの瞳を思わせる色合いの宝石。ノエミは「良いの?」と尋ねつつ、ジュールのことをそっと見上げる。

 本当はこんな高価なもの、受け取るべきではない。それでも、ジュールの気持ちが嬉しいし、彼の想いを目に見える形で感じていたい。


「俺が持っていてほしいんだよ」


 そう言ってジュールは、ノエミの首にネックレスを着ける。ギュッと力強く抱き締められて、胸のあたりがキュッと疼く。


「ありがとう、ジュール」


 まるで一生分の幸せを凝縮したかのような心地がした。


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