※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「これまでわたしがどんな仕事をしてきたか、ご存じないでしょう?
わたしはね、男達を騙すことを生業にしてきたんです。騙して、傷つけて、それから捨てた。依頼人のためなら何だってしてきました。殿下に言えような悪いことを、他にもたくさん。
そんな女があなたの妃になる? 冗談でしょう。無理に決まって――――」

「知っていたよ」

「……え?」


 けれど、クリスチャンは思わぬことを口にした。オルニアが目を見開く。心臓が止まるかと思った。


「セリーナ嬢が婚約破棄をされた場に居たからな。あの時、ゼパルと呼ばれた令嬢は君だろう?」

「そんな! 全部……全部ご存じだったのですか?」


 涙が数筋頬を伝う。
 本当は知られたくなかった。他の誰に知られても、クリスチャンにだけは醜い自分を見せたくなかった。彼の元を去るならばと、断腸の思いで秘密を打ち明けたというのに――――。


「気づいていたなら、どうして?」

「……あの日、オルニアに声を掛けたのは、王子として興味があったからだ。どうして君があんなことをしているのか、見張る必要があると思った。もしも国に害を及ぼそうとしているなら、排除しないといけないからね。
だけど、一緒に過ごす内に、俺は君に心底惚れてしまった。偽りだらけの言葉と笑顔の中に寂しさを滲ませる君を、愛おしいと思ってしまった。笑わせたいと、幸せにしたいと、心からそう思った」


 労わる様に手を撫でられ、包み込まれる。心が熱い。涙が零れる。


「オルニアが何をしてきたのか、その全てを知っているわけじゃない。
だけど君は、この国の民を救ってくれた。俺はこれからさきもオルニアと一緒に生きて行きたい。俺にとってはそれが全てだ。それでは、ダメだろうか?」


 本当はダメだと言うべきなのだろう。この温かい手のひらを振り払うべきだと――――そう分かっている。けれどオルニアは、縋る様にしてクリスチャンの手を握りしめた。


「わたしも、あなたと一緒に居たい……!」


 初めて口にした本音。その瞬間、骨が軋むほど力強く抱き締められた。


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