※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「こんな辺鄙な国に来るなんて面倒だし、心底嫌だと思っていたが……とんだ収穫だったな」

「何を……」

「戻って来いよ。今ならお前を聖女の地位に戻してやれる」


 そう言ってアダムはオルニアの腕を掴む。


「隣国との戦況が思わしくない。兵士達がかなり負傷し、土地が荒らされ、民が飢えている。
こういう時、本当に便利だよな、お前の力は」

「ふざけないで!」


 オルニアは腕を振り払い、眉間にグッと皺を寄せた。


「『こいつは聖女だなんて大層な存在ではない。少し魔法の使える程度の、ただの小娘』だと、そう仰ったことをお忘れですか?」

「その小娘に縋りたくなる程、我が国の状況は最悪だって言ってんだよ」


 凶悪な笑み。不穏な空気を察知しているのだろう。周囲の騎士達がアダムを取り囲むようにして剣の柄に手を掛ける。けれど相手は他国の王族。おいそれと剣を抜けるわけではない。


「今なら俺の側妃にしてやるよ。好きなんだろう、王子様って存在が」


 その瞬間、オルニアは大きく手を振り上げた――――が、その手がアダムに届くことは無かった。彼女より先に、クリスチャンがアダムを蹴り飛ばしていたからだ。


「殿下! ……クリス殿下!」

「ニブルヘラ王国のアダム、だったか」


 温厚なクリスチャンが怒る姿を、オルニアは初めて目にした。彼の瞳は怒りで真っ赤に燃え、拳には凄まじい殺意が込められている。
 アダムは恐怖で震えていた。腰が抜けているらしく、顔を真っ青に染めたまま動かない。連れてきたお付の騎士達も、アダムを庇うことなく、困惑した表情で事態を見守っていた。


「貴国は確か、ユグドルシラ王国と交戦中、という話だったな。
我が国はずっと中立を保ってきたのだが――――こんな救いようのない王族の治める国等、滅びた方がマシかもしれん。そちらの国王にも、そう伝えるが良い」


 ひぃっと声にならない悲鳴が響き、アダムを小脇に抱えた騎士達が走り出す。
 ニブルヘラ王国が降伏したのは、それからほんの数日後のことだった。


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