※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「シュザンヌ!」


 そうしてひと月が経った今日、わたしはアントワーヌ様に呼び止められた。
 久々に聞くアントワーヌ様の声に、胸が震える。いつも穏やかな彼の顔に、どこか焦燥の色が見え隠れしているように感じられて、わたしは急いで目を伏せた。


(期待なんてしちゃダメ! そもそももう会わないって決めたじゃない)


 わたしはクルリと踵を返し、聞こえなかったフリをする。けれど、アントワーヌ様はわたしの手をギュッと握ると、無理やり彼の方へ振り向かせた。


「シュザンヌ、どうして無視をするんだ?」


 彼は困惑しているようだった。わたしの反応に傷ついているように見えて、心がひとりでに喜ぶ。アントワーヌ様がわたしに心を寄せているんじゃないか――――そんな馬鹿なことを考えている自分に吐き気がした。


「この一ヶ月間、ずっと不思議に思っていた。どうして急に図書館に来なくなった? どうして僕を避けるんだ? 苦手だったサロンにまで顔を出すようになったってのは一体どうして? ――――ずっと、君を待っていたのに」


 アントワーヌ様は矢継ぎ早にそう問い掛ける。真剣な表情。心臓がドッドッと大きく鳴り続ける。嬉しいと思う自分とダメだと諫める自分が、心の中でせめぎ合っているのだ。


(だけどわたしは、自分自身を嫌いになんてなりたくない)


 ゆっくりと何度か深呼吸を繰り返し、わたしは徐に口を開いた。


「――――――よく考えたら、図書館じゃなくても勉強は出来ますし、社交は大事ですもの。これまで疎かにしていた分、頑張らなければと思ったまでで――――決してアントワーヌ様を避けたつもりはございません」


 少しばかり声が震えてしまったけれど、何とか言い訳は立っただろう。けれど、そのまま立ち去ろうとするわたしの肩を、アントワーヌ様が押し止めた。


「嘘を吐くな。だったらどうして僕の顔を見ない?」

「それは……」


 顔を見れば心が揺れる。好きだって――――婚約者がいると分かっている癖に『それでも良いから側に居たい』と望んでしまうと分かっているもの。けれどそんなこと、アントワーヌ様にお伝えできるわけがない。すっかり押し黙ってしまったわたしを見つめながら、アントワーヌ様が徐に口を開いた。


< 403 / 528 >

この作品をシェア

pagetop