※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
 僕には彼女の言葉が信じられなかった。エーファはいつだって朗らかに微笑んでいて、嫉妬や劣等感と言った感情とは無縁のように見えたからだ。
 呆然とエーファを見つめる僕に、彼女は悲し気に微笑む。それがまるで『もうどうしようもない』のだと突きつけられているかのようで、僕は大きく首を横に振った。


「エーファ、僕は……」

「殿下が見ていたのは、本当のわたくしではありません。わたくしは殿下の思うような女ではないのです。
わたくしのことを想うならば、どうかこのまま行かせてください。これ以上嫌な女になりたくはない。自分を嫌いになりたくないのです」


 そう言ってエーファは涙を流した。僕は思わずエーファを抱き締める。胸が痛くて堪らなかった。


「エーファ……僕は君が好きなんだ」


 心からの想い。だけど僕は、それがエーファに届くことは無いと知っていた。
 彼女の苦しみに気づかなかった――――気づこうともしなかった僕だ。『これから先は大丈夫だ』と無責任に口にすることはできない。


(僕は馬鹿だ)


 現に今だって、僕はこの状況を受け入れられずにいる。悪い冗談だと――――嘘だと思いたかった。


(嫌だ……嫌だよ、エーファ)


 けれど、エーファは僕の胸を押し、小さく首を横に振る。涙に泣き濡れた頬が紅く染まり、意思の強い瞳が僕を見上げる。
 エーファに僕の言葉は届かない。どれだけ想っていても、今の僕にはどうすることもできないのだと思い知った。


「さようなら、殿下」


 そう言ってエーファは、涙を流しながら笑う。しっかりと繋いでいたはずの手が、ゆっくりと離れていく。心の中にエーファの笑顔が焼き付いて、僕は前が見えなくなった。


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